再会
──目を覚ましたら、真っ暗闇だった。
上を見上げてみるけれど、太陽や月も見えない。雲の間からの木漏れ日すらない、完全なる闇。
ここは一体何処なのだろうかと混乱しながらも、恐る恐る、ゆっくりと手を前に突き出す。兎にも角にも、現状把握をしなければ。
恐怖心はあるけれど、ここで固まったまま居ても状況は打開されないだろうと思うので、行動を起こしてみることにした。
手探りで宙に手をさまよわせると、こつん、と、中指の爪先が何かに当たった。
まさか生物では?
びくりと体を跳ねさせた灯里は、そのまま目の前の何かが動き出すのを、息を潜めて見守った。
…けれど、いくら待っても何かが動き出す気配はない。
灯里は微妙に首を傾げた。さらりと、彼女の髪が肩から流れ落ちる。
無言の灯里は、無意識にその髪を梳こうと右腕を上げて──壁のようなものにぶつかった。
「……」
それにより、右腕を途中で下ろさざるを得なくなる。
無表情のままで、灯里は壁へと指を這わせた。
結果。
その壁の材質はダンボールのような紙だと判別した。コツコツと指で叩いたときの音の反響からして、少なくとも柔らかい材質ではない。
「………」
調べた結果、自分は四方を壁で覆われているらしかった。
床を叩いてみたら、壁より全然反響しなかったので、下は空洞ではないようだった。だとすれば、土だろうか。
「(……密室…?)」
そういえば、上はどうなっているのだろう──
そんな疑問を抱いた灯里は、目の前の壁伝いに天井を探すべく、壁へと手のひらを付け、
「……っ!?」
不意に、上から光が差し込んできた。
天井を模索するために上を仰いでいた灯里の──真っ暗闇に少しずつ慣れていた──瞳に、いきなりの明るい光が届いた。
突然のことに警戒心を露わにさせ、灯里は目を細めた。
「……──」
「──?」
「………」
暫くそうしていると、耳に‘音’が入ってきた。
くぐもっていてよく聞こえない。
何を話しているのか分からないけれど、話しているのは男性らしい、というのだけは分かった。
「(…相手は敵か味方か…)」
状況が理解できない以上、のんびりと構えているわけにもいかない。
そうしながら、灯里は、頭の中で覚えていることを整理してみた。
──私が寝たのは、馬車の中だった。馬車の中にはエレナとエルヴァ、そして外には御者がいた。
──誘拐されたというのは考えにくい。
エレナはともかく…エルヴァはそこそこ荒事の腕が立つから、手元に剣がないとしても、抵抗くらいするだろう。少なくとも、大人しく誘拐される奴ではない。
そして私も、どんなに熟睡していたとしても、そこまで周囲が騒がしければ起きる。
──だとすれば、誘拐ではない──?
「(……)」
灯里は、最悪の想像に辿り着きそうになり、ゆるりと頭を横に振って──
『──ふざけるな』
低い男性の声が、耳朶を打った。
それが聞こえたと同時、ほぼ反射的に、灯里は顔を上げた。
いつの間にか蓋は開かれていたようで、彼を見るのに何の支障もなかった。
──舞い散る雪を彷彿とさせる銀色の髪は、無造作に下の方で括られていた。
此方を睨み付ける藍色の瞳の眼光の鋭さも、初対面の頃の、記憶にあるものと違わない。
ただ、気にかかるのは体調だった。
六年前、最期に見た時よりもだいぶ痩せている。元が美男子だからか、見るのに耐えないという程ではないものの、親しい者からしたら心配せざるを得ないくらいの痩せ方だ。
前にエルヴァに聞いたところ、これでも必要最低限の食事や睡眠はとっているようだが──それは本当に文字通り『必要最低限』らしい。
確かに、王ではないのでさほど人前に出る機会はないだろうから、そこまで周りに与える印象を考慮する必要はないのかもしれないが──実際、舞踏会や王族主催のパーティーへの出席は拒絶していたようだが──それにしても、この変わりようはいくら何でも……
『それはお前のものじゃない』
感情を押し殺した声に、灯里は眉をひそめた。
唐突にそう告げられたため、そもそも『それ』が何を指しているのかすら分からない。
『何のこと?』
だから、そう疑問を投げかけたのは当然の行いだと思うのだが…
そう尋ねた瞬間に、何故か彼の瞳が凍てつくような冷たさを宿した。
『そのドレスが何なのかも分からずに着ているのか?』
『は? 何って…ドレスはドレスでしょう。それ以外に何があると?』
相手の態度に合わせて、灯里の口調も喧嘩腰になっていく。こちらは説明を求めているのだが、彼は説明をする気はないらしい。
その事に苛々しつつも、灯里はこの場に居るであろう青年の名を叫んだ。
『エルヴァ!』
一体全体これはどういうことか。説明を求めようと名を呼んだのだが、
『この場には居ない』
直ぐに、笑いを含んだ声が投げつけられた。
その耳障りな含み笑いを不快だと感じた灯里──シスリアは、彼をキッと睨み付けた。
『何が気に入らないの!?』
『お前がそのドレスを着ていることだ』
『それはエルヴァに言え! 私にほぼ拒否権なんて無かったんだから、』
『……お前は、エルヴァとどういう関係なんだ?』
『え。どういう、って……』
国賓として召還された勇者です、とでも言えばいいのだろうか。でも、私には魔力がないから、勇者とは言えないような…?
『答えられないのか?』
彼から、軽蔑したような、見下したような視線を投げかけられたシスリア(・・・・)は、怒りに任せて乱暴に立ち上がると、彼の瞳を見上げた。
『知り合いっ!』
『本当か?』
『言っても信じないんなら最初っから聞くな! それとも何? 私がそんなに信用ならないか!!』
『……。まあ、あいつが寄越してきたんだから、素性は安全なのだろうが…』
彼は、シスリアの啖呵を切る口調にしどろもどろになり、視線を泳がせる。
だが、言葉を濁したところを見ると、完全に信用させるまではいかなかったようだ。
「……エルヴァは直ぐに気が付いてくれたのに」
日本語でぼそりと呟く。聞かせるつもりはない、本当の独り言だ。
エルヴァと対面した時はこんなに喧嘩腰にはならなかったし、エレナも割とすぐに信用してくれた。
なのに、彼は信じてくれないのか──
「………」
不意に、じわりと視界が滲んだ。
下を向いたら零れ落ちそうだったので、意地でも泣くものかと彼を見返す。




