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準備11




 翌日。

 昨晩と同じく兄弟だけでの食事を終え、他四人に事情を説明してから(因みに「行ってらっしゃい」と快く送り出された)自室へと戻った灯里は、部屋のドアを開けた直後、何故いるのかといった胡乱げな瞳を彼女(・・)に向けた。


「……エレナ。何やってんの?」

「ふふ。お待ちしておりましたわ、シスリア」


 その視線の先にいるのは、本来この部屋には居るはずがない人物だった。

 彼女は、そんな視線など意に介さず、質問にも答えずににっこりと微笑むと、備え付けの化粧台の前に置かれた椅子を引いた。

 「どうぞお座りになって」という彼女の言から、どうやら灯里のお化粧は王妃自らするらしい。


「……イヤ、待て」


 灯里は、その一連の動きがあまりにも自然な動作だったために一瞬何の疑問も抱かずに座ろうとしたものの、はと思い直し制止の言葉をかけた。


「何でエレナが…っ!? 王妃が庶民にこんな事しちゃいけないよ!? というか、エレナは妊婦さんだよね?」

「そうだけど…お医者様にも適度な運動を奨められているから問題ないわ」

「変な体勢取ると(嘘か本当かは別にして)お腹の赤ちゃんにも悪影響だから、控えるように!」

「あら、そうなの?」


 彼女の場合はこれをでやっているのだから手に負えない。


「…はぁ…」

「じゃあ、座っていればいいかしら。対面式ならば大丈夫よね」


 思わず額に手を当ててうなだれる灯里をよそに、当の本人はやる気満々だ。


「……化粧は好きじゃないんだけど」

「それは知っているわ。貴方は前からそうだものね。…けど、久々の想い人との対面なのだから、悔いの無いくらいには飾りたいじゃないの」

「(それってエレナの意向なんじゃ…)私はこのままでも構わないよ? ──それより、あのドレスを着ていくんだよね?」


 そう言って指差した先、クローゼットの前には、昨日灯里自らが選んだドレスが掛けられている。

 質問の意図としては、「昨日選んだドレスって今日着るんだよね?」という、今更何を聞いているのかと呆れられるようなものだったが、灯里としては真剣だった。

 ここまできて「違う」と言われるのは(精神的な面で)御免葬りたい。


「ええ。………やっぱりあれを選んだのね」


 ドレスの方を向いてそう答えるエレナ。

 最後の一文はほんとうに小さい声だったから、聞かせるためでは無かったのだろう。

 灯里も、その呟きには気付かなかった。


「そういや、候補の一つにあった青いドレスってさ、この国の王家にしか着用許可が下りない色の布を使ってたよね?」


 色の認識なんて、十八年も経っているから齟齬が生じているかもしれない、と確認の言葉を吐くと、エレナはその疑問に頷いた。

 …案の定、ルースラッド国王家にしか許されていないドレスらしい。


「(どうしてそんな物を候補に入れたのか、甚だ疑問なんですが…?)」


 いくら国賓でも、それはいけないだろう。

 ──あぁ、でも、例外もあったっけ。


「……ねぇ、エレナ。この世界での私たち兄弟の身分って、ルースラッド国王が保証人となっているの?」


 普通の国賓であればあの色の布を使う事なんてもってのほかだが、勇者として召還されたのであれば王家に連なる者として見られるのだろうか?と考えての問いかけだった。


「? そうだけれど……どうしたの?」

「(それなら、まぁ…許可下りるかもね)いや、疑問に思ったから聞いてみただけだよ」


 一人納得した灯里は、エレナの不思議そうな表情に微笑を返し、顔の前で手を振った。


「そう? まあ良いわ。それよりも、早く座って頂戴」

「……はい?」


 化粧台前の椅子の背もたれをポンポンとはたくエレナに、灯里は引きつった顔で間抜けた声を漏らした。


「えっと……何で?」

「何で、って…さっきからお化粧するって言っているじゃないの。ほら、早く。言っておくけれど、出かけるまであまり時間がないのよ?」

「ちょっと待、それ諦めたんじゃなかったの!?」

「? 諦めるわけ無いじゃないの」

「……王妃様お先にどーぞ。王妃様よりも先にそんなのをするだなんて一庶民には恐れ多いことですので」


 最後のセリフはもはや棒読みである。

 エレナが化粧をしている間に、どうにかして、他の逃げる方法を考える時間を稼ごうという魂胆だったが、


「私はもう終わったわよ」


 さらりとそうカミングアウトされて、その作戦はあえなく失敗に終わったのだった。無念。




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