準備4
それを教えてくれた兄に感謝の意を述べた後、自室へと歩いて戻った。
自室のドアを開けると二つの困惑顔があったので、女性の方には大丈夫だと笑顔を向ける。
後ろ手でドアを閉めてから、問題の方へと笑顔で手招きした。
元凶は状況が分かっていないらしい、と気が付いてはいたものの、それを教えてやるよりかは自分の用件を優先させることにする。
「エルヴァ、ちょっと用があるから廊下に出てくれるかな?」
笑顔なのに目が笑っていない。
何のことだろうかと数秒思案し、その間視線をさまよわせていたエルヴァは、ややあってから気の抜けた声を漏らした。
「忘れてたよね? 完全に」
灯里は、気まずげに頷くエルヴァに瞳を向け、さぁどうしてやろうかとにじりよる。
じりじりと互いに数歩歩いたところで、予想してなかった声が掛かった。
「忘れていたって、何のことですの?」
この案件に関しては全く関与していないらしいエレナからの状況説明の催促に、灯里は笑顔のまま、その要求に応えた。
「……今から召還された場所──神殿で、適性検査があるようなんだよ。これ、今、兄から聞いてきた情報なんだけどね。…私は、どこかの誰かさんのせいでそれを知らなかったわけで」
「…エルヴァ様」
エレナからも胡乱げな眼差しで見つめられたエルヴァは、たじろぎ、即座に灯里に謝罪した。
灯里はそれに満足そうな表情を浮かべる。
…やっぱり、最愛の人からのそういう視線は効果覿面だね。
べつにエレナを巻き込まなくとも謝罪くらい引き出せるけど──そもそもエルヴァは、失態に気が付いてすぐに私に謝るつもりだったようだが──それじゃ割に合わない。
「……やっぱり、やられたら二倍にして返すのがお約束だよねー」
誰に聞かせるわけもなく呟いた言葉だったが、近くにいたエルヴァには聞こえたらしい。相変わらずだね、と、疲れたような声が降ってきた。
生まれ変わったとはいえ、記憶持ちの転生だ。若干の変動はあるだろうが、そこまで前世と変わりはしないだろう。
それも、少なくとも彼らには、前世から素でお付き合いをしてきたのだ。
他の奴ら──前世にて、私の猫被りの立ち振る舞いしか見ていない方々──ならいざ知らず、彼らから見てならば、それほど変わるわけがない。
「これでも、手加減したんだよ? 親友として」
「……」
その発言に疑いの眼差しを向けてくるエルヴァに完璧な淑女の笑みをお返しした後、灯里はくるりと半回転した。
先ほど入ってきたばかりのドアへと手をかけ、何も言わずに退室しようとする灯里に、エレナから問いかけがとんだ。
「どこに行くの? シスリア」
「さっき言った、適性検査をしに行ってくるよ。場所は神殿らしいけど、兄弟たちと合流して行くから、案内は不要だよー」
先ほどの怒りを少しも見せずに、二人に向かってひらひらと手を振る灯里。
それへと手を振り返した二人は、ドアが閉まって暫くしても、互いに無言だった。
──正確に言うと、エレナが微かに首を傾げた、というのが正解なのだが。
「ん? どうかした? エレナ」
「…えーっと。シスリアはもう怒ってないのでしょうか?」
「あぁ、その事か…」
エレナに視線で説明を求められたエルヴァは、微苦笑を浮かべてそっとドアの方を見つめた。
「シスリアはそんなに根に持つ方じゃないからね。それに、彼女は──『身内』には優しいんだよ」




