準備3
エルヴァがつくり出した魔法便が、鳥だというのにどこか優雅に窓から飛び立っていく姿を見送った後。
灯里は室内を振り返り、尋ねた。
「無理ができないって、何で?」
その質問に、視線の先でエレナが俯く。そんな彼女に自然と寄り添う形で、優しく彼女の肩を抱くエルヴァを見た灯里は、一体どうしたのかと訝しげな表情をした。
まるっきり意味が分からない。
首を捻るものの、いつまでたってもどちらも何も言わないので、さすがに聞いてはいけないことだったのかと灯里は内心焦った。
過去の記憶を漁ってみる。
…エレナは何も持病を持っていなかったはずだ。それとも、私が知らなかっただけだろうか? もしくは、私がいなかった六年間で長期の病気を患ってしまったとか?
「(……うん、分からない)」
そもそも情報が少なすぎる。二人とも何も言わないという事は、これだけの情報で察しろということだろうか。
そこまで考えて、灯里は思考を放棄した。
そんなのは無理だ、と早々に開き直った彼女は、手っ取り早い方法として、二人に問いかけることにした。
「エレナは病気なの?」
「……し、シスリア。その…」
「うん?」
俯いていたエレナの声に、灯里は柔らかめの声で先を促した。
彼女の様子から、頑張って答えようとしてくれているのが分かったからだ。
その声音にそろそろと上げられたエレナの顔は──真っ赤だった。
「その、……私、妊娠してますの」
「…………はっ?」
頭の中で最悪の状況をシュミレーションしていた灯里は、その答えに思わず聞き返した。
「妊娠してるって、…エレナが?」
思わず二度見した灯里に気恥ずかしげに微笑んで、エレナはこくりと頷いた。
……え、ええっと? 理解が追いつかないんだが。
「…えーっと、エルヴァとの子だよね。妊娠何ヶ月?」
「お医者様は、2ヶ月だと…」
頬をほんのりと染めて傍らのエルヴァを見上げるエレナ。
それを認めた灯里は、脱力した。
「何事かと…!」
人騒がせな、とぼやく一方、安堵のため息をつく。
それなら納得だ。結婚四年目ならば、子供が出来てもおかしくない。
ということは、先ほどエレナが俯いたのは照れていたからだったのか…。心配しすぎて損した気分だが、まあ、親友に何もなくて良かった。
……全くもって人騒がせではあったが。
「エレナ、相談ならいつでも乗るからね?」
「それはとても嬉しいのですが……シスリアは、魔王を倒したら異世界に還ってしまわれるのではなくて?」
「……あ」
そういや、当初の召還された目的は魔王討伐だった。こんなことをしている場合じゃなかった。一刻も早く、被害にあった村を助けに行かないといけないのではないだろうか。
表現は悪いが、こうして油を売っているうちにも、どんどんと被害が広まっているのでは…!?
「ちょっと行ってくる!」
「「どこにっ!?」」
二人の驚いた声が聞こえるが、それに答える時間も惜しいとばかりに、灯里は与えられた客室を飛び出した。
何で、今の今まで目的を忘れていたのだろうか。過去の自分を殴りたい。そうしたら普通の顔になるかな、と的外れな事を考えつつ、灯里はやたらと長い廊下を全力疾走した。
裾の長いドレスが脚に纏わりついて走りにくいったらありゃしない。これなら、まだ、制服の方がましだった。どうして着替えてしまったのだろう。…まあ、こんな事になるなんて予想出来るわけ無いから、仕方のないことなんだけど。
やっと着いた、隣の部屋のドアを開く。
「………し、シスリア?」
ドアを開けた目の前にいたのは兄だった。どうやら、今から外に出ようとしていたらしい。
力任せに開いたドアが、兄に当たらなくて、本当に良かった…。もしこれが当たっていたら、怪我をしていたこと折り紙付きだからだ。
私と同じく、ルースラッド国の正装に身を包んだ兄は、突然現れた私に目を丸くしている。
…驚かせてすみません。
「どうしたんだ? そんなに急いで…」
「……ちょっと待って、タンマ…っ」
走りすぎて肺が痛い。
元々体力ないのに、自分は一体何してるんだろう。肝心の用件を伝えられないなんて、それこそ本末転倒だろうに。
荒い息を繰り返して、ようやく喋れるほどになる。喉がヒリヒリするのをなんとかやり過ごして、兄に問うた。
「魔王討伐は…!? 今すぐに出陣しないと、被害がっ!」
「……ん? 灯里は何も聞いていないの?」
「え?」
早く行かなければと急かす私に、兄は困惑の表情を向けてきた。
なんか、兄との間に、若干の齟齬が生じている気がする。
「…何が?」
「今から適正診断をするって話」
「は? え、初耳なんですが」
どうして私の所には使者が来なかったのだろう。
首を捻った私に、兄はぽつりと、
「……灯里のところには、国王が行ったと聞いたけど」
「…………」
エルヴァ、お前かぁぁああ!




