準備2
時は少し遡って。
与えられた自室に籠もって手紙をしたためていた灯里。
その元にやってきたルースラッド国王エルヴァは、どう切り出したものかと攻め倦ねる灯里に、何ともなしに「どうせなら魔法便を使えば?」と呟いた。
どうやら気分転換でもしろということらしい。
「ナイス!」
その提案(呟き?)を採用だと決めた灯里は、即座に呪文を述べ始める。
──が、何度やっても成功のせの字も出てこない結果に、首を捻った。
「呪文は間違えていないはずなんだけど……?」
どこか発音が違ったかと確認すべく、エルヴァを振り向く。
聡明な彼は、その視線を受けてから暫し原因を考え、やがて一つの仮定を導き出した。
「……今のシスリアは魔力を持っていない、とか?」
「え」
その答えに、まさか、という愕然とした表情で固まる灯里。
彼女の前世は貴族だったから当然のように魔力を有していたし、周りも魔力を持たぬ者など居なかったから、そんな考えになどたどり着かなかったのだった。
庶民は魔力を持たぬものだというのは知識としてはあったけれど、そんなもの所詮は『知っていた』というものでしかすぎないから、こういう咄嗟の時には出てこない。むしろ、中途半端な理解だったから、「魔力がないとは言っても少しくらいはあるんだろうな」とさえ思っていた。
考えてみれば、それは当然のことだった。
地球上では魔術など存在していなかったということを今し方思い出した灯里は、がっくりとうなだれた。
よもや、地球に生を受けてから魔術を使おうとしたことなどなかった。…反論したいけれども反論できる材料がない。
「……」
「………えっと、あの、シスリア?」
顔を一向に上げようとしない灯里に、恐る恐る声をかけるエルヴァ。
黒髪が光を遮っていて、表情がよく分からないので怖い。
「……エルヴァさま」
「え…あ、うん。何?」
「…………魔法便を代わりに出していただけませんか?」
落ち込みようが激しい。
まだそうだと決まったわけではないけれど、灯里の中では既に決定事項らしかった。
魔法便は、貴族の主な連絡手段の一つだ。
使いようによっては戦争でも役立てられるけど、それとはほぼ無縁の貴族たちにとって、それらは文通手段だった。
主に動物の形をとられるそれらは、手紙とは異なり、主の『声』を届ける。もう少し詳しくいうと『主の声しか届けない』のだ。
言伝を魔法便に吹き込んでいる周りで他の人が何か言っても、その声は拾わない。
だから、手紙でいう代筆なるものは不可能なのだ。
だからこその、灯里のこの発言。
いくら魔術に詳しくない国に生まれたといえ、シスリアだって、これくらいは知っているのだ。
エルヴァは、その落ち込みように微苦笑を浮かべながらも、「それくらい構わないよ」と頷いたのだった。
──それから数分後。
勢いよく自室のドアが開かれたのは、ようやく起動し始めた灯里が、いざ文言を考えようと言ったところだった。
突然の物音がして、反射的にその方向──ドアの方を向くと、そこには、いかにも高級そうな真っ赤な絹布のドレスを身に纏い、目にきつい印象を与える化粧品を施した女性がいた。
細部まで手入れされている金髪の上にルースラッド国王妃の証であるティアラを飾り付けた女性は、ちらりと灯里の方を一瞥した後、不機嫌そうに眉根を寄せた。
「浮気、ですの?」
「「…はい?」」
ハモった。
思わず二人は顔を見合わせる。
「う、浮気?」
気が動転した様子でそう聞き返すエルヴァに、彼女は頷いた。
「そんなに仲良く肩をお並べになって…!」
エルヴァを睨み、ふさふさした扇を開いて口許を隠しつつ、そう糾弾する。
「彼女は誰ですの? 私にもお教えにならないで、ここで逢瀬ですか?」
「いやいやいや、違うから!」
彼女に睨み付けられたエルヴァが慌てて否定する。
それを横目で見ながら、灯里は落ち着いた表情で彼女に話しかけた。
「私がこいつと恋仲なんて有り得ないんですけど」
『不敬罪?なにそれー?』状態である。
「生まれ変わっても有り得ない。絶対ない。──私には最愛の人が居るんだよ。こいつじゃなくて」
「……。シスリア、なにもそこまで否定しなくても良いんじゃないかな…?」
「じゃあエルヴァは、エレナにこのまま誤解されていても良いと?」
「それは嫌だけど」
「でしょー」
はい勝ったー、と何の勝負か分からないが勝利宣言をする灯里。
そうしたところで彼女に声をかけられ、「ん? どうかした?」と首を傾げる。
「……あの、今…シスリア、と?」
「うん。姿も声も違うから信じられないだろうけど、君の知っているシスリア本人だよ。エレナ」
そう言って屈託無い笑みを浮かべた灯里を凝視し、エレナと呼ばれた女性は、こう震える声で問うたのだった。
「……幽霊ですの?」
「んなわけあるか」
一体どういう了見だ。どうしてそうなった。
そういやエレナは抜けてるところがあったんだった、とうなだれた灯里とは対照的に、その答えにほっと息を吐き、彼女改めエレナは質問を投げかけた。
「シスリア、どうしてそうなったのか、手短に説明して下さいませ」
「あの時死んでから、気が付いたら転生してた。転生先でも普通に過ごしていたんだけど、ついさっきこっちの世界に『勇者』として呼び出された──ってわけだよ。呼び出された経緯はそっちの方が断然詳しいだろうから、説明は省くけど」
望まれたとおりに簡潔に纏めた灯里の質問に、大まかなことが理解できたらしいエレナは頷いた。
「……今更だけどさ、エレナだよね?」
「ええ、そうですわ。…ご機嫌麗しゅう」
「うん。エレナも息災そうだね。──ところでエレナ。どうして私のことをシスリアだと言われてすぐに信じたの?」
「女の勘ですわ」
「あ、さいですか」
女の勘、と笑顔で断言されれば、返す言葉もない。
ここで漸く、灯里はエレナが高飛車な仮面を脱いでいることに気が付いた。
彼女は元々、口調と反して性格は穏やかな方だ。けれど、『外』ではそれとは逆の性格を演じている。どうやら、親の教育らしい。
ほら、社交界って女の戦場と言われるくらいに怖い場所だから。そうでもしなかったら、彼女は、女性がたの恰好の餌食になっていただろう。
謁見したときのエルヴァの言葉から推測するに、今は王妃となったらしいが、その二面性ともとれる態度は相変わらずらしい。
ちなみに、今は、エレナは当初とは別の意味で女性たちの注目の的だろう。
貴族の位が高くなればなるほど、恋愛結婚は難しくなる傾向にある。ましてや、エルヴァは王の直系だ。
エレナの家は私と同じくそんなに高い位ではなかったから、余計に、よく相思相愛結婚できたなと思う。
アーカイスでも、貴族の結婚のほとんどが政略結婚だ。だから、仮面夫婦なんてザラにいるのだ。そう考えれば、貴族よりも平民の方が幸せかもしれない。
そんな事を考えていたら、ふと疑問が浮かんできた。いたって素朴な疑問だ。
「二人って結婚してるんだよね?」
「ええ、四年前に」
「そっか。お祝いの言葉遅くなっちゃったけど、おめでとう! 無事結婚できて良かったね」
ありがとうと小さく呟き、恥ずかしげに顔を赤くするエレナと、それを慈愛の瞳で優しく見守るエルヴァ。
絵的にもお似合いの二人だし、なおかつ恋愛結婚だ。
愛しい相手と結婚をするのは、アーカイス王国では女性皆の憧れであったから、素直に羨ましいなと思う。
私は到底叶わなかったけれど、彼らに対する嫉妬の感情はほんの少しもない。というか、妬むのはお門違いだろう。
私が死んだのは、私の不注意なのだし。
ここまでお読みくださり有り難うございます。
なんやかんやあって更新が遅くなりました。すみませんでした。
(注)書き直す可能性があります。




