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第七十九話 記憶、再び

 考えないようにしていた事がある。 


 心臓がざわつく。


 だから考えてしまった。


 僕は、幸福なのか不幸かについて。


 今目の前で起こっている事に優劣を付けて良いのか。


 眼球で見なくても分かるほど濃い血の匂いで可笑しくなったせいか考えてしまった。何度も死と復活を繰り返すような酷い空間に今にも叫び散らしてしまいそうだ。


 …辛い。


 「父さん母さん」と、この場に居ない人の名を胸の内で呟く。震える肩、血の気が地面の赤い血と思えてくるほど血の気が引いて…。視界が歪んで見える。


 今さらだが、本当に僕はここに来ても良かったのか、考えてしまう頭も弾けてしまいそうだ。


 こんな時考えてしまった自分が可笑しいんだと前フリをして、考えてしまった。


 ミルと出会う前の自分と今の自分はどう違うのか、幸せを噛み締める毎日と孤独な自分を、今の光景を通して考えてしまう。


 僕は今、幸せを手にしようと欲張っているんじゃないか…。それはしてはいけない事なんじゃないか。


 やっぱり、今の自分自身はおかしい。部屋のせいだと思いたかったけど、ずっと出会ってから考えないようにしていた事が溢れてくるみたいになる。


 今進む足は前へと歩く、けどその足は何を求めている。目的はあるけど、僕自身は何を求めて進んでいる...。


 不幸に思ってた人生はあの日から変わった。死んで生まれ変わるみたいに変わった。


 だからこそ分からない。今のミルの気持ちが、理解したいけど、それは我が儘なのだろうか。


 悲しいのか、無感情なのか。日本での日々をミルはどう感じていたのか。あんなに笑っていたのは嘘だったのか、本当は苦しかったのか。色々と考えてしまう。


 足は止まらない、前へと進む。


 隣を歩くルーナはこの部屋が原因か暗い顔をしているような気がする。よほどショックだったらしい。


 きっと今の僕の顔も似た顔だろう。


 前を歩く元原初を名乗る男は扉を目指して歩いている。顔こそ見れないけど、背中や歩き方で、察するに何事もないように歩く。


 扉の前に僕らは着く。


 入り口の扉とは違う形で、この形は…ミルの記憶で見た部屋の扉に良く似ていた。木材で出来た扉だ。


「…う」と肉体もないのに口から何か出てきそうになる。

 扉に手を着けて膝を地面につけ口を押さえる。気分がどんどんおかしくなりそうだ。苦しい。苦しい、苦しい...。

 いつ終わる…この苦しみは…。


「眷属さん!」と鼓膜を破きそうな大声が聞こえる。


「ハッ!?」


「だいじょうですか?! 苦しいのなら一旦、外にでも…」


「大丈夫、ちょっと空気に酔っただけで…」


 ゆっくりと立つ。


「けど、苦しいって先程まで言っていましたわ…。いいずらい状況でも、苦しいのなら言ってください!」


「…苦しい? 言った記憶が無いけど… 無意識かな」


「苦しい、助けてって何度も言っていましたわ」


「助けって… それは本当に言ってた? あまり言いたくは無いけどルーナが嘘を言ってるんじゃ…」


「嘘ではございません! ワタクシ親友のシーナや眷属さんと原初様には嘘を言う事はありません! 本当に心配なのに...眷属さんは信じてくれないなんて... グスン、ぐすん。チラ…」


「あー… ごめんなさい」


「…ぐすん、それは何に対する謝罪かきちんと言ってください…」


「ルーナさんを疑い、嘘だと言った事に対しての謝罪です。ごめんなさい…」


「えぇ、許しますわ。ごめんなさい眷属さん。少し意地悪でしたわ」


「…本当に言ってた? 自覚が無くて… 疑っている訳じゃなくて確認なんだけど、苦しい助けてって本当に僕は言ったの?」


「言っていましたわ。まだお疑いになるにしても、ワタクシにはそう眷属さんの口から聞こえてきましたわ。ワタクシが聞き間違えるはずがありませんから!」


「へー… ソウナンダ。…スゴいね~」


「褒めました! 眷属さん今ワタクシの事を褒めましたわね!? これはもはや両想いでは!?」


 先程までとは違いルーナは顔を赤らめピョンピョンとウサギのように跳ね喜ぶ。


「…はぁ、この小娘は何を言っている? ツガイがほしい万年発情期のウサギか? それで眷属、君はのろまな亀か? さっさと鍵を開け記憶を見てこい…」


 元原初に怒られる。


「すみません...」


 そう謝罪して鍵穴に持っていた鍵を刺す。刺したと同時に、血を掃除していた子供達が正人の周りに集まる。


「え?」


「原初様達が集まって来ましたわ?」


「開けちゃだめ」「おまえは」「知ってはいけない」「ここから先は」「おまえには」「知られたくはない」「苦しい」「助けて」「殺して」「駄目だ」「生きて」「おまえには」「生きてほしかった」「ごめんなさい」「ごめんなさい」「私の」「せいだ」「私が」「おまえを」「眷属にしたせいだ」


 頭の中に直接声が木霊する。周りのミルの姿をした子供が話すたびに何度も重なって聞こえる。


 腕を掴まれ、鍵が無理やり抜かせる。体も引っ張られ扉から無理やり離される。周りを囲み扉から引き剥がそうとする。


「眷属さん、手を伸ばして!」


 扉から離される体、ルーナが伸ばす手を掴む。


「無理だルーナの手が先に限界が来る離せ!」


 ズルズルとルーナの力でも引きずれる力で扉から離される。


「…仕方ありませんわ。この手は原初様相手にはあまり使いたくありませんでしたが… ごめんなさい眷属さん!」


 パッと手を離した一瞬で、ルーナは周りにいた子供達を切り払う。


「ごめんなさい眷属さん…。原初様を傷つけるような真似をして、眷属さんには辛いことと分かってしましたのに…」


 僕は一瞬の出来事に、情けなく腰が抜けた。地面にへたり込む。


「…良いんだ。これはミルであってミル本人ではない。今はこうするしかなかったそれだけだから… そんなに僕の顔色を伺う事はしなくて良いんだ…。辛いのはルーナも一緒だって分かっているつもりだ…」


「ッ…! 眷属さ~ん!」


「わっ!? 待って腰が抜けて力が...!」


 ルーナは僕に飛び込むように来る勢いのまま地面に寝そべるように抱きつかれる。


「そこの元原初さん! 見てないで助けて! 吸血鬼に襲われてます!」


「まぁ、未来の旦那様は酷いですわ! 吸血鬼差別ですわ!」


「なんでも良いが早く扉を開けてくれないか? 部屋の崩壊が近いからか… ほら見ろまた沸いてきたぞ…」


「え?」

「え?」


 わらわらと沸く子供達。血の中からどんどん出てくる。


「眷属さん、ここワタクシにお任せを! 急ぎ扉の方に!」


「わぁ、急に頼もしいなルーナさん!」


 正人は扉の方に走る。後ろから来る子供をルーナが切り払う。


 そして正人は扉の前に立ち鍵穴に鍵を刺し回す!。


 時間にして外から数秒だが、記憶世界では数時間と流れる記憶の鍵穴を開けた。


 視界が真っ白になる。


 また時は遡り始める。


「―ル?」


 誰かを呼ぶ子供の声が聞こえる。


「起きろミル!」


 バフと布団の上から布団ごと叩かれる。


「…」


 だんだんと視界がはっきりとしてくる。どうやらうまくいったようだ。

 部屋は…。前に見た時と変わらない反省部屋と呼ばれていた部屋だと思い出す。


「ぐっ…」


 布団の上から叩かれと思ったが、実際は布団の上から乗っかられたのが正解だったらしい。重くはないけど少し苦しい…。


「ねぇねぇ、暇~! ミル何かしよう?」


 ごろごろと転がり始める確か… 昔のルルだったか。


「むぅ。いい加減起きてよ…。反省部屋とはいえミルもここを出たいはずでしょ? なら反省文書かないといけないはず! 私はここの先輩だからね詳しいんだそういうのに。だからね? 起きよう~ミル!」


 ミルはどうやら起きているが前と変わらず無視をしている。


「…昼間にきた子達は確か、ミルがここに来る前に同じ部屋だった子達だよね? 良かったの? あんな追い返し方して… ミル、泣いてたよあの子」


「…! ……」


「…本当は起きてるでしょ? 一瞬布団が揺れたし…。良かったの? あんな... 可愛い子を泣かして、本当はミルも悪いと思ってるんでしょ? だから塞ぎ込んだみたいに布団に―」


 布団が勢いよく持ち上がる。


「うわっ!?」


「うるさい!! 私のことを何も知らないのに勝手言わないで…」


「起きたね…? なら話そうミル。何も知らないならミルのことを教えて? 私も私のことを教えるから」


「ぐ… 黙れ…」


「私はルル! まずは自己紹介。二回目だけど...へへ」


「黙って…」


「好きなことはお母さんと話すこと、嫌いな事はお母さんの帰りを待つ事かな…。ビクターさんから色々と聞いたミルも同じなんだって、だから分かるよ私もその気持ち…」


「…黙ってと言ってるのに…。あなたに私のに何が分かるというの…。何が同じよ。私とあなたは違う!」


 ミルはルルに飛び付き馬乗り状態で伸し掛かる。


「うわっ!? 大胆だねミルは」


「うるさい…。私を理解した気でいるあなたが嫌い…」


「…ならミルはどうしたい? ミルのことをもっと教えて?」


「…! 私はただ一人になりたい。だからあなたは黙って自分のベットに行って!」


「…う~ん?。無理。私はもっとミルとお話したいから!」


「…じゃあ無理やりにでもあなたのベットに片付けるだけ。…。部屋に来た子達同様泣かせてでも…!」


「…そう。良いよミルがそうしたいなら私も抵抗するだけ!」


「…え?!」


 ルルはミルに両手を伸ばし背中に回し抱き寄せる。


「…! 離して!」


「離しませ~ん! アハハ、楽しいねミル!」


「くっ! 何が?!」


「だってミルが魚みたいに暴れて可愛いから」


「…! くっ!」


 ミルはより暴れて抜け出す。


「…あ~あ」


「はぁはぁ… あなた何なの? 私をどうしたいの…」


「…ん~? 何度も言ったはずだよミル。私はミルと話したい。もっとお互いのことを知ろうって?」


「…! うるさい!」


 ミルは再び布団に潜り目蓋を閉じ視界が暗くなる。だが余計に情報が少ない分、心臓の音だけがはっきりとドクンドクンと早く鼓動していると分かる。


「…んー。ミルは可愛いのに、意固地だよね?」


 そう言い、ギシギシとベットにルルが戻る音が聞こえる。


「…クソ、クソクソ…」と小さく呟くミルは胸を押さえていた。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。


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