20
メイドたちに送り出された隠し通路。そのなかはしっかりしたもので、レンガが隙間なく積み込まれ、年月を感じさせる傷はあれど清潔感を保っていた。
「頭、こちらです」
先に潜入していたグリズベア、サルゾ、マックの三人が松明を片手に総司に向かって手をあげて自分たちを知らせる。
「これを見てください」
そういってサルゾが松明を地面に近づける。その火に照らされたのはわかりやすいほどくっきりと残った痕跡を消したあと。獣人の三人はそれを危ぶみ決定を視線で総司に投げた。
「とりあえず、お前らはどう思う」
「痕跡を消してんなら、それ追ってけば最低限敵か味方かわからんですけど会えんじゃないっすか?」
とマック。
「途中の分かれ道、痕跡がない通路がありました。こんな分かりやすい手がかりを残すのも不自然に思います。罠の可能性が高いかと」
とサルゾ。
「・・・頭はどう思う」
二人とは違い、総司に意見を求める。グリズベアの視線はいまだに地面にあり、何度も削れたレンガを指でなぞる。
「間違いないと思うぞグリズベア」
出してもない解答に赤丸をつける総司。にこやかに笑う総司とは反対的にグリズベアはそうっすかと表情を険しくする。全く状況のわからないエレアノールは無言で総司の袖を引っ張る。
「なんだよお姫さま、泣きつかれたからおんぶしてくれとか勘弁してくれよ」
「そんなんじゃないわよ!どういうことか説明なさい」
「は?」
ぽかんと口を開ける総司。そして数秒後、腹を抱えて笑った。エレアノールはなにがなんだかわからず、眉間にシワを寄せるしかできなかった。
「まだわからんか!おいおい、姫さまポンコツだな~。グリズベア、説明なさい」
何故か最後の方はオネエ口調でグリズベアを指差す。気にするようすもなくグリズベアは話始める。
「見てわかるように痕跡は痕跡を残すように消してある。あまりに雑な芸当だが、そもそもあの死人どもがこんなことをするとも考えられねぇし、蛇頭がそれをする必要はないだろう。ならば最低限これはお嬢さんの身内のもんだ。それと、気になるのはやっぱりそれだな」
そういってグリズベアが指を指す。そこにはレンガとは変わった赤い紋様があった。
「もしかして・・・」
「血だ。だが、さっき通ってきた部屋には血のあとどころか臭いもしなかった。つまりだ」
「・・・つまり」
唾を飲み込むエレアノール。
「先にここを通ったやつはこの中で戦闘をした可能性が高い」
「ってことだ。足りない頭でも理解できたかお姫さま」
あんたはなにもいってないじゃないと言いたげなジト目でどや顔を披露する総司を睨み付ける。しかたないと肩をあげる総司はその血のあとを指で軽くなぞりエレアノールの前に突き出す。
「付け加えるとこの血はまだ新しい。しかし、なぜ消さなかったのか。こんなものヒントにしてはでかすぎる。追手が近くまで迫っていた。戦闘の痕跡をみせたくなかった。まぁ、色々理由は考えられるが・・・」
総司は指先に着いた血をレンガに擦り付けながら、残念そうに肩を上げた。
「そこまで注意できない状況。つまるところ、瀕死の傷を受けている可能性がでかい」
「そ、そんな!で、でも、なんでそう言いきれるの。そうと決まったわけではないでしょ」
手足をパタパタとさせながら、総司たちのだした答えを消せないか必死に思考を回す。総司はやれやれと小言を漏らしながら一緒にため息も漏らす。
「まだ希望にすがるか小娘。ここに広がる血の量。十中八九致死量だ。二人だったとしても危険な状態だろう。いい加減覚悟を決めろ」
「そ、そんな・・・」
先ほど、やって引いてきた熱がまた瞳の奥からじんわりと迫ってくる。うつむくエレアノールに総司は指先で顎を持ちあげ、顔を上げさせる。
「メイドたちの言葉を忘れたのか」
その言葉に先ほど忠義を尽くしてくれたメイドたちの顔と言葉が脳裏に浮かぶ。
「貴女さまはわたくし達の希望です」
エレアノールは少し溢れた雫を頭を振って払い、キリッとした目で総司を睨み付ける。
「言われなくてもわかってるわよ!さっさといくわよ」
たったか歩いていくエレアノールの背中を指差しながら総司はおどけた笑顔を浮かべ、グリズベアに小声で言った。
「泣いてたくせに生意気いっちゃって」
「泣いてない!」
聞こえるわけもない距離にも関わらず地獄耳を発揮したエレアノールに総司は頭の後ろで手を組ながら歩きだす。
「へいへい、泣いてないですね」
「・・・頭、大人げないですよ」
「だって、俺、あいつより年下だぜ?」
「屁理屈を」
苦笑を浮かべる獣人三人をみて嬉しそうに笑う総司。そうして一向の隠し通路の探索は始まった。
◇◆◇
いくらが進んだところに善きか悪きか予測通り、肌を青白くしたエルフたちがたむろしていた。そのエルフたちはまるで猫のように壁を爪でカリカリと引っ掻いていた。よほどその行為に興じていたのだろう。どれも爪がボロボロになり指先の皮は剥がれていた。
「なんだろうな」
総司は試しに小石をぶつけてみる。ゾンビと化したエルフは一度こちらに敵意を向けるが、直ぐに壁に向かい直す。総司はグリズベアに視線を向ける。グリズベアは総司の考えをを汲み取り、マック、サルゾの二名に小声で指示を飛ばす。
置き去りにされたエレアノールは総司の裾をちょんちょんとつまみ引っ張る。
「どうしたの。かかってこないなら今のうちに進まないの?」
「いや、目的の一つをどうやら引き当てたらしい。アストレア」
『yes,Master』
手首から先だけ小刀に変えた。そして・・・。
一閃。
エルフの首もとをかっ切った。
それを合図にグリズベア、マック、サルゾがエルフに襲いかかる。エルフの気がそれていたこともあり、鎮圧にはさして時間はかからなかった。
総司はエルフたちが爪を立て、少し窪みのできたレンガの壁を何度か叩き耳を当てる。それを繰り返し、何かを確認すると一歩壁から距離を開いた。
「よいしょっ」
義足で繰り出された回し蹴り。
レンガの重厚そうな壁はまるで砂で積み上げられたお城のようにいとも簡単に崩れ落ちた。
「よお、生きてるか王様」
総司は瓦礫となった壁の先に松明を投げる。転がった松明は周りを照らし、その光によって青毛並みを朱色へと変えながらも剣を構えるウルフマンのジョンと、このゾンビゲームの舞台であるエルスマグナの王ガルシルドの姿がうつし出された。ガルシルドは力が抜けた操り人形のようなポーズで虚空を眺めながら、ボソボソとなにかを呟いている。
「お父さま」
親子の感動の再開を傍目に総司はジョンの近くに腰を下ろす。
「あんたは外で見たな」
ジョンはエレアノールの姿を確認して安堵してか、剣を鞘に納めつつ息を漏らして力を抜く。
「あぁ、俺もだ。ボロボロだな平気か」
総司は腰に巻いた瓢箪の水筒をジョンに差し出す。中身は厨房からくすねた酒。ジョンは蓋をとり、臭いを確認すると少し頬を緩ませた。
「ありがたくいただく。しっかし・・・情けない。自爆じみた曲芸を疲労して、やつらから逃げるのがやっととは。情けない。なんて情けない」
一気に酒を煽り、その後、頭上から酒を被るジョン。酒で血を洗い流しくたくたになった毛に着いた水滴を体を震わせ辺りに飛び散らせる。
「しかし、雑な足跡消しだった。実に分かりやすかった」
総司は座り込み、笑いながらジョンの顔を除きこむ。
ジョンは苦笑を浮かべつつ、頭をぽりぽりとかく。
「一種の賭けだった。周りには化けもんに変わった元の同僚だらけであれでもある程度誤魔化せるってのは逃げながら、わかってた。もし、もしも味方がそれを見つけてくれれば援軍に出した救援の狼煙になると思ってな」
「敵だったら」
総司がそう問いかけるとジョンは真剣な眼差しでこう返した。
「もう一度、自爆でもして王様だけは逃がしてたさ」
「立派だこと」
その答えに総司はぼやきながら、立ち上がる。
「傷を塞いだ方がいい」
何故か毛皮で顔を隠したグリズベアが塗り薬と包帯を差し出す。ジョンはグリズベアをじっとみて、数秒後驚いたように目を見開く。
「・・・あんたは」
「それ以上口を開くな」
「・・・」
何かがあるのは確かなことだろう。しかし、この二人の関係性を推察するのには材料が少なすぎるし、なにより今それを追及する時間はない。
「ねぇ、叔父様は。叔父様は何処!?」
再開の涙を一通りだしたあとに、ジョンの無事から叔父であり、隣国の王であるスウォンが生きているのではと希望の光を見いだしたエレアノールが叫ぶ。従者であるジョンがいる。ならは、リザードマンに見せられた死体が偽物である可能性は十分にある。そもそも、英雄と呼ばれた 父と叔父が、誰よりも強く優しく、自分が一番の尊敬を持つ二人が負けるはずなどない。万が一などあり得るはずかない。そんな楽観的な希望をのせ、ジョンに視線を向ける。
しかし、ジョンはその問いに無言で返した。
「なにが・・・あった」
エレアノールの視線から逃れるように顔を伏せたジョンに、逃がすまいと総司が言及する。観念したかのようにエレアノールと総司を順々に一瞥し、そして、再度顔を伏せる。悔しそうに口を歪め、ゆっくりと口を開いた。
「我が主は・・・賢王スウォンは・・・生きている」
その言葉にエレアノールの表情に花が咲く。
しかし、総司はエレアノールのようにその言葉を鵜呑みすることはなかった。
主は生きているのならばなぜそんな辛そうにする。
何故、言うのをためらったのか。
ガルシルドの魂が抜かれたようなこの姿はどう説明する。
総司が小さく笑い、立ち上がる。そして、ジョンを見下すように見つめながら、笑みは凶悪なものへと変わっていく。
「おままごとに付き合うつもりはねぇんだ。いいこと教えやる狼野郎。望みない希望はな、絶望と大差がねぇんだ。ガキをあやすつもりなら女にでも預けてこい。自分慰めてぇなら酒場で女の胸に飛びついてこい。そんな泣き言に付き合ってる暇はねぇんだ」
総司はおちょくるような口調でゆっくりと話す。ジョンは悔しそうに総司を睨み付けるが、総司は事実だろとでも言うように笑顔を返す。
「くっ」
「もう一度、チャンスをやる。真実だけを話せ」
これは警告だ。
笑みで細められた瞳から向けられた鈍い眼光は確かにそう言っていた。
ジョンは「くそっ!」と叫びながら自らの足を拳で叩く。そして、落ち着きを取り戻そうと大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「スウォンさまが生きてるのはまちがえじゃねぇ。俺が最後に見た姿はまだ生きていた」
その台詞にエレアノールは息を飲み込む。
「ガルシルドさまと我が主は勇敢に立ち向かった。俺だって従者として相応の働きと全力で動いた。大戦の英雄。その名に恥じない戦いぶりを二人は見せてくれた。狭い部屋を縦横無尽に駆け、化け物となったエルフたちをいとも容易く凪ぎ払うガルシルド様。その間を糸を縫うように穿つ我が主の魔法。ぶつかりそうな距離での攻防。しかし、御二人に迷いを感じさせることなく敵をあっという間に殲滅した。信頼という言葉を体現なさっていた。俺もピンチだというのに足を止めて二人の姿に見とれていた。そうして、敵はやつ一人になった」
そこでジョンは一度言葉をとめる。ニガムシを噛み潰したかのように眉間にシワを寄せ、歯鳴りが甦ってきた怒りを教えてくれた。
「あの竜人。あいつだけになった。ガルシルド様もスウォン様も少し油断をなさっていたが、それでも負けはしないと確信していた。そして、残念そうに頭を降るやつに二人は見せしめのように怒濤の攻撃を浴びせて、やつの上半身は塵となって消え去った。そのはずだった。しかし、勝利を確信した俺たちの前であり得ないことが起きた」
ジョンは少し苦しそうに息を吐き出し、落ち着こうと努める。その手は震えていた。それにどれだけ驚愕したのかが伺えた。ジョンはそんな手をもう片方の手で押さえ、続きを語る。
「やつのからだは踊り始めた。そして消えたはずの口から笑い声が聞こえたんだ。笑いながらやつは『英雄はこの程度ですか。残念です』と!」
ジョンは震えていたはずの手で地響きがするほどの勢いで拳を地面に叩きつけた。
「そして、蛇や子竜がどこらともなく現れて、やつと同じ声でしゃべるんだ。『それじゃ、足りない』『その程度ではあの人に認められない』。その声とともにやつらが部屋のかべを埋め尽くした。そして、やつのからだは戻った」
「戻った?」
聞きなれない表現に総司はついその言葉を確認する。ジョンはその言葉にゆっくりと頷いた。
「やつの足が踊っていたかと思うと、いきなりそこ上半身が生えた。あんなやつ、見たことない。王と主は何度も何度も何度もやつのからだを消し飛ばした。上がダメなら下を。したもダメなら両方を。しかし、やつはいつの間にかそこに戻っていた。そして、我が主は・・・」
「しんがりとなったわけか」
総司の言葉に涙を流しながら何度も地面を叩くジョン。そして、はっと何かに思い立ったかのように這いずり回りながらエレアノールの足下にすがり付く。
「俺は主と共に戦おうとした!だが、主は!我が親友を殺すなと命令なさった。何度も、頼むぞと。俺は主の願いのために。けして、けして、恐怖に逃げ出したわけではない。信じてください。俺は!俺は・・・」
最後は消えそうなほどか細い声で贖罪の言葉を吐き続けるジョンにエレアノールは困惑の色を隠そうとしなかった。
尊敬していた叔父が、大英勇が、負けただけでなく命まで落とした。そんな衝撃に耐えることなどできるわけもなく、視界が熱と共にボヤける。
「しゃらくせ」
総司はエレアノールの足に泣きつくジョンを地面に唾を吐き出して、蹴飛ばす。
これで何度目だろうか。この男が空気をぶち壊すのわ。蹴飛ばされたジョン以外は大口をあけ、たたずむ。
「女に泣きつけって言われて本当に泣きつく男がどこにいるだあほ。時間ねぇっていってんだろ」
「か、頭」
「黙っとけ!何のために主さまが身をはったと思ってんだ。確率低くても大勝を願って大金払ったんだろうが!主さまの願い叶えてぇってんなら止まってんじゃねぇよ」
腹を押さえながら、そんな総司の激励っぽいなにかを聞き入っていた。そして、鼻息を鳴らしながら、総司はガルシルドのもとにいく。
「てめぇもいつまでも男のけつを追ってんじゃねぇよ」
殴り飛ばした。
仮にも一国の王を。
「グリズベア!マック!そいつら持ってこい!サルゾは先行して敵の確認。敵の能力がわかったんだ、こんなとこで地団駄踏んでるほど俺は暇じゃねぇぞ」
『おっす!』
男らしい返事をする三人を置いて、総司は歩きだす。
エレアノールは涙を吹きながら、総司に隣に立ち頬を膨らませながら声をこぼす。
「・・・ありがとう」
「あ?時間ねぇってだけだ。姫様のご機嫌とりをしたつもりはねぇよ」
「それでも!ありがとう!」
そうさけんで下を向くエレアノール。そんなエレアノールに総司は優しく微笑んだ。
「さ、行くわよ」
少しはや歩きするエレアノール。
そんな背中を見つめながら、今度は総司が言葉をこぼす。
「死ぬなら最後ぐらい男らしくな」
『That's right』
そんな声は誰に向けられたのか。剣鬼と男は答え合わせの場所に向かうのであった。




