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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
アッズワースは甦る。
29/58

アッズワースは甦る5

 早朝、誘引戦力がオーガ止めを発つ時、全く好都合な事にオーガ達は未だに睨み合っていた。

 ノースウォッチレンジャーズは絶え間なく、しかも詳細な情報を送ってくる。彼等の功績は非常に大きい。


 ティタン達ヴァン・オウル・アッズワースは当然のように攻撃側に志願し、それは受け入れられた。

 誘引戦力が監視塔のオーガ達を引き寄せる際、一旦これをやり過ごして挟撃するか、或いはそのまま北東の戦力に襲い掛かる。

 危険度は誘引戦力の比ではない。監視塔の敵、北東の敵、どちらと戦うにしろ他のオーガ達が黙って見ているとは思えない。

 理想は一息に敵首魁、アークオーガを討ち果たし、残党を追い散らして新たな敵に備える事だが、あの怪物達を相手にそうは行かない。攻撃戦力は包囲される事も視野に入れ、そしてそれを突破する事を求められていた。


 誘引戦力の総指揮はペルギス。中核となる部隊こそセリウ家ストランドホッグ兵団等の精鋭だったが、その他は言ってしまえば木端だ。

 名を馳せるような勇者も居なければ精強で鳴らすような隊も無い。ペルギスは、守勢に徹するのであればそれで充分と考えたのだろう。


 それに比べて攻撃に回る戦力はこれぞ正に、と言った者達が揃っている。指揮はグラムダンと言う男でティタンは見た事も聞いた事も無いが、熟練、若手を問わず顔が利き、信頼されているらしい。

 中核となるのはバシャー家イヴニングスター戦士団を初めとする勇猛果敢な者達。血気盛んで、戦いでの死を勇気の証明であると信じる者達だ。

 そこに王都から援軍として現れた精鋭達を加え、最後に少数の傭兵達。王都の援軍は当然として、傭兵達も馬鹿に出来た物ではない。

 戦いの匂いを嗅ぎ付け、各地からアッズワースに集った本物の戦闘集団が参加している。武装は不揃いで、個々の能力だけを語れば鍛えられた兵達すら凌駕していることが殆どだ。


 これ程の戦士達と共に戦える。ティタンはまずは満足と頷いた。矢張り戦いは強き者達を引き寄せる。強き者達は、また新たな強き者達を引き寄せる。或いは見出し、育て上げる。



 戦いこそクラウグス、その歴史の礎石。苦痛と流血、そして積み上げられた敵味方の骸こそが、強きクラウグス人を生み出すのだ。



――



 「出来れば挟撃したい物だ。あの忌々しい連中を散々に叩く事が出来たとしたら、さぞや気持ち良いだろうな」


 意気揚々としているディマ。若手将校達の筆頭格として周囲に睨みを利かせている。実績、家格、本人の気性、どれを取って見ても若手達を取り纏めるのは彼以外には有り得なかった。

 隊列を組んだ兵士達が続々と進発して行く中、陣中見舞いと称してあちらこちらに顔を出し様子を見て回っているようだ。

 態々ヴァン・オウル・アッズワースの隊列にも現れ、今こうしてティタンを引っ張りまわしている。


 「髭の格好がついていないな」

 「……そこは敢えて触れずにおくのが礼儀と言う物だぞ。お前は少し伸ばせ」

 「個人差がある。……こんな事で侮るなよ」


 ディマは若いが、髭の手入れはいつも確りとしている。しかし今は余分な無精髭が目立った。最前線に張り付いたままでは流石に身嗜みを整える余裕は無いようだ。


 「……彼等は?」


 ティタンはディマの背後に控える二名の戦士に目を遣った。この前共に戦った時には見なかった顔だ。

 一々出会う者全ての顔を覚えてなど居ないが、この二名はどうにも雰囲気が違う。肌は光の加減で赤く焼けているように見え、赤銅色に近い。顔立ちも併せ、クラウグス人には見えなかった。


 男と女。歳は二人とも三十程だろうか。寄り添うように立ち、気を許し合っている。

 イヴニングスター戦士団を象徴する色である黒に染められた革鎧を纏っているが、他の兵達と比べて大分軽装である。

 額に犬を模した刺青が掘り込まれていた。奴隷の証だ。

 だが、ただの犬ではない。牙を剥き出しにした勇ましい姿だ。


 「戦奴か」

 「南方から現れた商人から買い上げた。俺の兵にするに相応しい者達だ。……相応の値はしたが」

 「俺の目にも優れた戦士のように見える」

 「見ただけで分かるか? ……夫婦だ。夫アードは二体のオーガを相手取って生き残り、妻ミダは俺の部下の中で最も手練の者を決闘で倒した」


 成程、如何にもディマが好みそうな経緯だ。


 「異国の者だな」

 「奴隷は嫌いか?」

 「そんな事は何の問題にもならない。彼等が、戦士と呼ぶに相応しい魂を持つならば」


 声を抑えていた心算は無いから当然アードとミダの二人もティタンの言葉を聞いている。

 二人はティタンの言葉に特に反応を示さず、目を伏せたままジッとしていた。ディマは堂々と言った。


 「彼等はそれを持っている。もしそれを持たないとしたら、俺が与えてやる。名誉ある男の仕事だ」


 ティタンは目を細めて鼻を鳴らした。また一つ、この若者が好きになった。


 「ティタン、お前達は俺の指揮に従え。グラムダン殿には許可を得ている」

 「文句は無い。アンタの行く所だ、さぞや楽しい事になる」

 「では、イヴニングスターの進発に併せて手下どもを連れて来い」


 その時は直ぐに来た。ティタンはイヴニングスターの隊列に追随するようにヴァン・オウル・アッズワースを動かした。

 その後を更に五人の巫女達が付いて来る。今更訝しがる者も居らず、ティタンも半ば諦めて妥協している。どのような噂をされているか想像に難くない。

 彼女達はこの他にも神官戦士の一隊を編成していた。それはペルギスの軍勢に参加し、アッズワースの防衛に貢献する。


 「ティタン様、どうしても?」

 「そいつを生かして連れ帰る自信が無い」


 巫女スワトが西方の血を宿す駿馬をティタンの前に連れてきたが、ティタンはこれを固辞した。ヴァン・オウル・アッズワース団結式の時スワトが献上してきた馬である。

 巫女達は他の指揮官達に見劣りしないよう馬上で格好を付けて欲しいようだったが、最前線に飛び込んでいく心算のティタンには邪魔になる。


 「輜重隊に貸しておけ。連中なら有効活用してくれるだろう」


 スワトは残念です、と一言述べたが、ティタンの言葉に従った。



――



 暫く誘引戦力の後に続いていたディマ達は途中で道を逸れ、森の手前で待機する。

 とっくの昔に魔物達の領域に入り込んでいたが流石に数百の戦士達に襲い掛かってくる気配は無い。ゴブリン一匹姿を見せず、何処かで息を潜め、隠れているらしい。

 例外はアークオーガの統率に従わなかった逸れぐらいだ。時折そういった固体を発見したが、幾らオーガとは言えこの戦力を前に物の数ではない。戦いと呼べるものにはならなかった。


 太陽は中天に昇る。誘引戦力は既に監視塔のオーガ達に一当てして、オーガ止めに引き付けている筈だ。

 ノースウォッチレンジャーズが敵の動きを掴み次第、攻撃戦力も戦いを開始する。ティタンは疼く身体を宥めつつその時を待っていた。


 「戦闘態勢! 戦闘態勢!」

 「鈍間ども、立てぃ! 剣を抜け! 陣を敷けぇ!」


 突如として指揮官達が怒声を上げ始めた。ティタンは掌中で弄んでいたナイフを鞘に納め、腰掛けていた岩から立ち上がる。

 指揮官達の様子を見れば敵が近い事は明らかだった。浮き足立った様子が無いのは流石と言うべきか。


 しかし予定とは大分違う。拙い事態なのは間違いない。


 「ロールフ、雛どもを並ばせろ」

 「立て! 戦いの準備をしろ!」


 ロールフが怒鳴りつけ、傭兵達は鼻を鳴らして立ち上がる。剣を抜いてその輝きを確かめ、槍を扱いて呻き声を上げた。

 彼等の固い表情と武者震い。ティタンはその様子を確認した後、森の方を向いた。


 「お前達」

 「御傍に」


 ティタンが一声呼び掛けると五人の巫女は跪いた。


 「共に戦う事に今更文句は無い。存分に勇武を奮い、己が神の名声を大いに高めるが良い」


 巫女達は立ち上がり、涙の聖印を握り締めて聖句を唱えた。


 「近いぞ」


 歪な形に成長した木々、その枝葉が重なり合い、日の光を拒む森の薄暗さ。

 その陰鬱さの向こう側から何かが近付いてくるのをティタンは感じた。遥か森の奥から無数の鳥達が前触れも無く一斉に飛び立つ。虫の声は消え去る。何かが移動しているのだ。

 体毛が逆立つ。肌がひりつく。ディマの声がした。


 「ティタン、準備は出来ているな!」

 「いつでも戦える。何が何処から現れようと、俺達の隙を突く事など出来ない」


 ディマは背後に兵達を従えながら現れた。僅かな間も惜しかったのか、歩きながら手甲やマントの装着を行っている。

 ディマはグラムダン達と共に軍議を行っていた筈だ。何事かとティタンが聞くと、彼は引き連れてきた兵達をヴァン・オウル・アッズワースの隊列の隣に付ける。


 「良くない事が起こった」

 「俺の尊敬する騎士の言葉だが……アッズワースではいつも良くない事が起きる」


 ティタンの軽口にディマは忌々しそうに眉を顰めた。


 「誘引は成功した。だが、俺達の動きは敵に知られていた」

 「ソイツは凄い。オーガども、とうとう斥候を使う程の知能を身に着けたか」

 「そうではないようだ」


 思わずティタンの口端が吊り上り、嘲りの笑み。これは自嘲でもある。オーガに動きを察知されるなど在り得ないと大部分の者が考えているだろう。ましてや斥候など。こういった思考がそもそも侮りだ。

その笑みを見て、そうでは無さそうだ、とディマは難しい顔をする。ノースウォッチレンジャーズの伝令によればオーガ達は誘引戦力に背後を突かれてから一斉に動き始めたらしい。

 此方の接近に気付いていたとしたら黙って一撃を受ける理由が無い。


 「監視塔のオーガ達はオーガ止めに。だが……北東大森林のオーガ達が森を越え、此方に向かっている。何故我等の位置が知られているのか……」

 「奇襲は出来そうに無いな」

 「俺達は百体のオーガと真正面から戦う事になる」

 「指揮官グラムダンは何と言っている」

 「一時撤退。そして、殿軍が必要だと」


 言いながらディマは唸った。このディマと言う男の気性は今更語るまでも無い。魔物を相手に一歩でも引き下がる事は屈辱だと、心の底から思っているような男だ。

 ティタンもそこまで極端ではないが似たような気持ちではある。だが、今からする提案は感情から出た物ではない。


 「それは難しい。一気呵成に攻めかかる奴等の勢いをアンタが知らん訳はあるまい。逃げ腰になればどこまでも追い立てられるぞ」

 「迎え撃つと? 此処にはオーガ止めのような便利な溝も、防壁も無い」


 ティタンは少しも怯まず言い返した。言葉の端々から闘志が漏れ出ていた。


 「俺達は殿なんかじゃない、前衛だ。俺達がオーガ止めになる。この場に集う二百余名の勇者が、弓手達を守る肉の壁だ」


 ディマは目を細め、口を半開きにした。彼が滅多にしない、間の抜けた表情だ。

無理も無い。百体のオーガを真正面から受け止めろと、ティタンはそう言っていた。雪崩や嵐にすら例えられる怪物達の群れを。


 「グラムダンを説得するんだ。どれ程の犠牲を払おうともこの場で戦い勝利しろと。

  北西丘陵部のオーガ達が黙って見ている保証があるか? アッズワース要塞の門を破られたくないのなら、ここから戦いを始めるべきだ」


 風は凪いでいた。空には雲一つ無く、巨大な太陽がティタン達を見下ろしている。

 太陽は主神レイヒノムの化身とされる。太陽の前で無様を晒す事を好む戦士は存在しない。


 少しの間見詰めあった後、ティタンは言った。


 「必要な戦いだ。奇怪な運命に素晴らしい戦場を与えられたのだ。…………どうした……笑えよ……ディマ……!」


 ティタンは歯を剥き出しにして笑った。釣られてディマも笑う。背筋が泡立ち、彼の中の獰猛な本性に火が付き始める


 其処に新たに一人現れる。黄金の聖印を胸から提げた戦士、レイヒノムの勇者シュラムだ。

 取り巻きを一人も連れず、右手に短槍、左手に両刃の小振りな戦斧を握り締めている。


 「グラムダン殿を説き伏せてきた。……我等、名誉と栄光を分かち合わん」


 言いながら腕を交差させ、両手の得物を一振り。ぶ、と風を切る太い音から込められた力が伺えるが、シュラムの肉体は些かも揺らいだ様子が無い。

 漲る力と鋭い技が垣間見える。戦意も充分と言った所か。


 「どうやら彼は俺と同意見のようだな」

 「……くくく、何とも面白い事になった……! 乗ったぞ、お前達!」


 歓迎する。二人は拳を突き出してシュラムの参戦を受け入れた。


 森の奥から咆哮が聞こえ始める。騒々しい足音は地鳴りの様でもある。凶暴で、残忍で、人間の血肉に餓えた怪物が、目前まで迫っている。


 「戦列組めぃ!」


 その号令でイヴニングスター戦士団はディマを守るように迫り出し、大盾を突き出す。横一列に並んだその背後で弓手達が弦の具合を確かめ、獲物の到来を待ち侘びる。

 ヴァン・オウル・アッズワースは彼等に倣うように戦列を組んだ。ロールフが左右の拳を頭上に掲げ、堪えきれないとでも言うように震えている。アーマンズはオーメルキンや他の弓手達と共にその背後へ。

 ティタンとシュラムが並び立った。戦列の三歩前だ。横目で互いに視線を交わし、そして同時に森の奥を見遣る。


 薄暗闇の中に爛々と輝く目が見える。シュラムは何ら気負った様子も無く話し始めた。


 「指揮官グラムダンは真正面から遣り合うのは得策では無いと考えている」

 「だろうな」

 「だが俺とティタン殿が此処に居る。まぁ、充分だろう」

 「……勇者シュラム。北のオーガ達は古くから雪崩に例えられる」


 ティタンは剣を抜き放った。涼やかに響いた鋼の音と、その余韻。

 森の中で輝く目が増えていく。地鳴りは強くなり、咆哮は近くなる。


 そして今、森の薄暗闇の中からオーガ達が解き放たれた。闇から出で、太陽の下に踏み出した恐るべき魔物達。

 震える鋼の肉体は人と比べ遥かに大きく、節くれ立つ、岩から削りだしたような斧と共に、抑え切れぬ悪意を携えて。

 それが無数に、正に雪崩の如く。


 来た、と。誰かが言った。


 「しくじるなよ。幾度と無くその雪崩を受け止めてきた、多くの英霊達が見ているぞ」


 ティタンはマントを翻して背後を振り返った。

 待ちに待った時が来た。厚かましくも北の大地に跋扈し、散々に戦士達を苦しめた忌々しい敵を打ち払う時が来たのだ。

 不測の事態が何だと言うのか。敵を倒すと決めたなら、容易く引き下がれる筈が無い。


 「……あぁぁ! Woooooooooooo!!」


 戦士達は当然の如く応えた


 『Woo!!』

 「Woo!!」

 『Woo!!』

 「Woo!!」

 『Woo!!』


 ティタンが一吼えする度に戦士達が怒号を返し、そこから火が熾るように伝播していく。熱がうねり、多くの者達呑み込んで、咆哮は大きくなっていく。


 『Woo!! Woo!! Woo!!』


 ティタンは森から抜け出たオーガ達に向き直り、剣を身体に引き寄せる。眉間に皺を寄せ、眦を吊り上げ、犬歯を剥き出しにして熱い息を吐く。悪鬼の如き形相だ。

 隆々とした腕の肉が、背の肉がうねる。足の裏が地面に吸い付いたようになる。腹の底が疼き、腿の肉がジンと痺れた。訪れた戦いの時に狂喜し、その力を解き放つ瞬間を想像し、打ち震えている。


 「ヴァァァン、オォォォーウル!! アッズワァァァース!!」

 『Woooo!! Vaaan!!』

 「戦士よ! 退かぬ者達よ! 死して後、偉大なる冥界の神ウルルスンに誇るが良い!」


 そして正にその時、戦士達の前衛と屈強なオーガ達は激突した。


 「『名誉ある、死であった』と!!」


 破裂音。血飛沫。鋼の軋み。

 跳ね上がる泥。千切れ飛んだ何者かの指。舞い上がり、突き立つ無数の矢。


 絶叫。悲鳴。怒号。そして全てを塗り潰して行く雄叫び。

 雄叫び。雄叫び。雄叫び。



 アッズワースで最も優れた戦士達は、格別の強敵を真正面から迎え撃った。



――



 ディマが叫んでいた。誰も彼もが叫んでいたが、ディマの怒号はその中でも特別大きい。


 「押せぇぇッ!!」


 ――Woo!!


 イヴニングスター戦士団は形振り構わず大盾にしがみ付き、呼吸を揃えてそれを押した。

 オーガ達と押し合い圧し合う最前線。自分達の身の丈を越し、膂力と体重で上回る怪物達の大群とぶつかり合い、しかしイヴニングスターはそれを僅かに押し返す。


 ディマが更に叫ぶ。猛々しく、虎のように。


 「押せェェッ!!」


 ――Woo!!


 更に大盾を押し出す黒き鎧の兵士達。大盾を支える者の背に戦友が寄り添い、力を合わせてオーガを押し返す。

 凄まじい圧力だった。雪崩の異名は決して子供騙しではない。オーガは強く、獰猛で、力に満ちている。


 しかし誰一人として怖気付かない。彼等の指揮官、ディマニード・ジュード・バシャーは常に夢を見させてくれる男だった。

 我等こそ勇者、我等こそクラウグス最後の砦と、命を捧げるに相応しい幻想を見させてくれる男だった。


 指揮官ディマが戦えと言うなら、それ以外は在り得ないのだ。


 「突けぇぃッ!!」


 大盾の隙間から槍が繰り出される。訓練に訓練を、実戦に実戦を重ねた精鋭達の一突きだ。

 それはオーガ達の巌の如き肉体に突き刺さり出血を強いる。怪物達は怒りの咆哮を上げ遮二無二突進を重ねる。大盾を支える兵士達はその圧力に押し潰されそうになりながら、歯を食い縛って必至に耐えた。


 「クラウグス……!」

 「おぉ、クラウグス……!」


 噛み合わせた奥歯の隙間から漏れる声。祈りの言葉にも似たその一言。

 クラウグス。我等の祖国。我等の父母。


 「イヴニングスター! 力を証明しろ! 勇気を証明しろ! 俺に続けぇぇッ!」


 ディマは指揮下の兵達を鼓舞しながら自信も戦列に滑り込んだ。大盾を突き出し、負傷した配下を庇ってオーガの牙に身を晒す。

 兵達が冷や汗を噴出させてそれに続く。ディマより後に死んだとしたら、イヴニングスターの戦士としてこれ以上の不名誉は無かった。



 「良いぞ、ディマ」


 呟くように言ったのはティタンだ。防塵マントを翻らせ、ティタンは今正に敵中へと切り込んだ。


 「ティタン様ぁ!」


 筆頭巫女が絶叫するがそれで止まる男ではない。掛かる一体の懐に潜り込み、膝を割って跪かせるや即座に喉頸を貫く。

 その鋭さは肩を並べて飛び込んだシュラムが息を呑むほどだ。ティタンはオーガの死体を蹴り倒すと、燃える様に熱を放つ己が肉体を戦慄かせ、天に吼える。


 「Woooo Vaaan!! Raaau Lowon!!」


 雄叫びに惹かれる様にしてオーガ達が殺到する。ティタンとシュラムは全く怯まず眼前の敵に斬り掛かった。

 シュラムが左手を振るえば戦斧がオーガの蟀谷を叩き割る。ティタンが身を沈めれば次の瞬間にはオーガの喉首がばくりと割れた。

 仲間の死など気にも留めないオーガ達はそれにも構わず走り続ける。血を噴出させるオーガの死体ごとティタンとシュラムは跳ね飛ばされ、背後の兵士達に激突する。


 「水よ奔れ! 水よ唸れ!」


 巫女達が躍り出た。のたうつ大蛇を思わせる水の鞭が撓り、戦列に食い込もうとしたオーガ達を痛烈に打ち据える。

 が、止まらない。このどうにもならない恐るべき猛威こそ雪崩の由来だ。


 「化物め!」


 アバカーンの罵声。

 オーガはこれが恐ろしい。ゴブリンのように逃げたり、オークのように身を護ったり、ワーウルフのように様子を窺ったりしない。

 只管に攻める。只管に食らう。アークオーガに統率されていた時のあの静けさが、如何に異様であったかが分かる。そしてその凶暴性を解き放った以上この化物達はもう止まるまい。


 しかしそれに屈する者は一人としていない。状況を持ち直す為オーガ達の猛攻を打ち払ったのは、今正に絶体絶命のように見えたシュラムだった。

 一体のオーガがシュラムの首を締め上げ、腕力に任せて持ち上げていた。そのまま地面に叩き付けられる、と言った所でシュラムの右手が轟音を上げて輝く。

 握り締めた短槍が黄金色の雷鳴を纏っていた。バチバチと耳慣れない異音を響かせる短槍を掲げ、シュラムは返り血に塗れた顔を笑みの形に歪めていた。


 「天地の狭間を焼き焦がす、レイヒノムの雷を見るが良い……!」


 振り上げられた短槍。筋肉の隆起で膨れ上がって見えるシュラムの屈強な腕。

 一振りでシュラムを締め上げていたオーガの胴体は弾け飛んでいた。轟音と閃光。それだけでなく、後続のオーガ達までもが雷に焼かれ悶え苦しんでいる。

 シュラムは凛々しく吼えて戦士達を鼓舞する。自らを拘束していたオーガの焼け焦げた腕を捥ぎ取り、投げ捨てた。


 「マジかよ」


 アーマンズが唾を呑みこんだ。戦列の後ろから矢を射る彼等には、シュラムの放った雷がオーガ達を薙ぎ払う瞬間が良く見えていた。


 「主神レイヒノムの加護ぞある! 勇者は天に上り、最高の名誉を手にするだろう!」

 『Woo!!』


 シュラムの振るった雷の奇跡。それによって作り出された空白。

 戦士達はここぞとばかりにオーガ達を押し返す。真先に飛び込んだのは矢張りティタンだ。


 「ただ、俺の背を追え」


 三百年前、竜狩りケルラインと並んで偉大な戦士と称されたインラ・ヴォアも雷の奇跡を振るった。主神に与えられし弓に雷の鏃を番え、邪霊カルシャの軍勢、呪術師マヌズアルの操る魔獣、果ては黒竜まで、数多の敵を打ちのめした。

 時代が移り変わろうと、主神は変わらずクラウグスに加護を与えてくれている。ティタンは懐かしい記憶を呼び起こす黄金色の輝きを目にし、更に昂揚した。


 俺こそ魁。俺こそ戦士。多くの戦友達の前を走り、誰よりも早く敵に躍り掛かり、苦悶の悲鳴を上げさせ熱き血を浴びる。

 昔はそうだった。今だって、そうであろうとしている。


 「ロゥ! ヴァン・アリィ・サウラァージ!」

 ――戦士に宿る物、全てに懸けて。


 一体が肩を突き出して体当たりしてくる。あれ程の強力な奇跡の顕現を目の当たりにしても、矢張りこの怪物達は少しも怖気付かない。

 ティタンは体当たりしてくるオーガに合わせる様に肩を出した。激突するその瞬間身を翻らせ、すれ違いざま硬い腹筋にナイフを突き立てる。

 岩でも殴ったかのような感触だった。必死にティタンの後に続こうとするヴァン・オウル・アッズワースの隊員達が転倒したオーガに止めを刺す。


 新手は直ぐに来た。息つく間もなく、唸り声を上げて。


 「もっとだ!」


 左右から挟まれる形になった。拳を振り上げるオーガ達。

 ティタンは身を沈み込ませて拳を避け、その体捌きのままに右のオーガの足を薙ぐ。それは筋肉を断ち太い骨の半ばまで進んだが、矢張り硬い。岩に剣を叩き付けたような感触だった。

 噴出す血の中で鋼が歪むのがありありと分かる。予備の剣だ。惜しくは無かった。


 「あの馬鹿野郎だけをいかせるな!」

 「ヴァン・オウル・アッズワース! 同胞に忠誠を!」


 ティタンが二本目の剣を引き抜いた時、ヴァン・オウル・アッズワースが大きく戦線を押し上げた。

 数か月前まで目も当てられなかった未熟な若者達が、今や一片の恐れも無く、命を擲つようにしてオーガ達に躍り掛かる。


 アーマンズの放った矢が一体のオーガの眼に突き立った。眼窩を貫通し脳を破壊したか、突進の勢いそのまま前のめりに倒れ伏す。

 それを踏み越えてロールフが前に出る。オーガが拳を振り上げてロールフを殴り付け、ロールフは盾を掲げてそれを受け止めた。


 敗けるか、負けるか、と気を吐いていた。凄まじい咆哮と共にロールフを押し潰そうとするオーガに必死に抗う。


 「俺は、アッズワースの……戦士隊だぞォ……!」


 オーガは狂ったようにロールフの盾へと拳を叩き付ける。ロールフは血走った目を見開いてそれに耐える。

 そして一瞬の隙を突き、オーガの懐に潜り込んで鳩尾に剣を突き立てた。口からどす黒い血を吐くオーガ。


 「クソったれがぁぁッ!!」


 突き立てた剣が抜けないと見るや即座にロールフは予備の小剣を抜き放つ。そのままオーガの頭にむしゃぶりつき、狂ったようにその顔面を滅多刺しにした。

 後に続いた一名が次のオーガに突撃し、首を圧し折られる。その屍を越えて二名がオーガの腿に槍を突き立て、更に一人が剣を腰溜めに体当たり。

 理性を失ったかのような強攻。力と技が足りないのだとしたら、命を捨てるしかない。そして彼等は確かに未熟ではあったが、それを恐れなかった。


 ティタンはシュラムと二人掛かりで敵の勢いを押し留めながらロールフを罵る。


 「馬鹿め! 次を殺せ! 次々と殺せ!」


 その時、戦列から遠く離れた所で雄叫びが上がった。ヴァン・オウル・アッズワースやイヴニングスターが敵の一波を食い止める内に、残る戦士達が陣を整え終えたのだ。

 今正にオーガ達と切り結ぶ戦列。その左から王都ヴァンフェンの精鋭達、右からアッズワースの最精鋭と傭兵達が突撃する。


 彼等は決して恥知らずではない。ティタンや勇者シュラムを筆頭に、僅かな戦力で果敢に敵を押し留める姿を見せられて奮い立たぬ訳が無かった。


 「バシャーに後れを取るな!」


 派手な鎧の騎士が馬上で声を上げている。弓手達の指揮官らしく、上手い位置を取り、正確な射撃で後続のオーガ達を叩いている。

 戦えている。百体のオーガ、何する物ぞ。互角以上の展開だった。


 それから長い時間を戦い続けたように思う。ティタンはシュラムと肩を並べ、戦列を更に超えた位置でオーガ達と切り結んだ。

 血と泥が鍛え上げられた戦士の肉体を彩る。むせる程の鉄臭さ。零れ落ちた臓物の臭い。倒れ伏す敵味方の骸。

 死が充満し、その中で強き者達が磨き上げられていく。


 戦いを。戦いに次ぐ戦いを。雄叫びと共にティタンは敵に打ち掛かっていった。



――



 「下が、るか、ティタン」

 「…………ふ、ん」


 シュラムの提案にティタンは鼻を鳴らす。友軍の猛攻が功を奏し、戦いの趨勢は既に決した。


 「厳かに退け!」


 ディマの号令で少しずつ戦列を下げる。その穴埋めをするように、友軍は更にオーガ達を圧迫した。

 この戦いで最も勇を示したのはヴァン・オウル・アッズワース、そしてイヴニングスター、何よりティタンとシュラムだ。文句を言う者など一人として居ないだろう。


 ティタン達は損害の確認に努めた。


 「ロールフ、かなり生き残ったな」


 ティタンの隣へたり込んでいたロールフが答える。戦いの最中鼻を圧し折られたらしく、猛烈な鼻出血のせいで声が聞き取りにくい。


 「八人……か?」

 「ほぉ、そんなにか」


 ティタンは荒い息を吐きながら膝を突いた。ヴァン・オウル・アッズワースの前衛は予想以上に生き残っていた。

 弓手として戦列の後ろに居た者がアーマンズとオーメルキンを含めて五名。十二名が最前線に居た。

 単純に前衛のみで考えれば三割以上が死んでおり、常軌を逸した損害だったが、それよりも遥かに多くのオーガを殺した。


 「いや……やっぱり七人だ……」


 ロールフが倒れ込みそうな体に鞭打って立ち上がる。ティタンも剣を支えに立ち上がり、巫女タボルが懸命に手当てを行っている隊員へと歩み寄る。


 状況を察してか、他の巫女達や健在なヴァン・オウル・アッズワースの面々が集まった。巫女タボルはティタンに向けて首を振る。横にだ。


 「……申し訳ありません。私では彼の苦しみを長引かせる事しか出来なかった」


 ティタンは仰向けに横たわる隊員の傍らに跪き、自らの胸に拳を当てた。


 「……良く戦った。安心しろ、英霊達は必ずや、お前達を温かく迎えてくれる」

 「……シェフ……」


 右胸が陥没している。肺が片方潰されていた。その他の傷も含め、生きているのが不思議な有様だった。


 「良い夢、見れたぜ」


 ごぼごぼと血の混じった息を吐きながら隊員は言った。酷く満足気な笑みを浮かべ、そのままこと切れた。


 ティタンは胸に当てた拳を一度離し、大きく息を吸い込んだ後、再び胸に叩き付ける。

 その拳を額に、そしてまた、胸に。最後に輝く太陽へと掲げた。


 「死した者達に」


 全ての者がそれに唱和する。


 『死した者達に』

 「我等に、お前達に」

 『戦友達に』


 戦死者の為に彼等は祈った。


 シュラムが戦線に鋭い視線を投げ、ティタンを呼んだ。


 「……ティタン、戦いはまだ続いている。俺達は力を示す必要がある。……どうだ」

 「概ね同感だ」

 「ならば」

 「あぁ」


 多くを語らずとも不思議と伝わる。ティタンとシュラムは再び並び立ち、激しい戦いの続く戦線を見遣る。


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