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ティタン アッズワースの戦士隊  作者: 黒色粉末
アッズワースは甦る。
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アッズワースは甦る6

 「黒い奴は!」


 ティタンの怒声に反応する余裕のある者は居ない。

 雪崩の如き猛攻も流石に無限に続く物ではなく、大きく数を減らしたオーガ達を取り囲んだ戦士達は好き勝手にこれを叩いた。

 手練の兵達は堅実にオーガの突進を受け止め、その隙を突いて横合いからまた別の兵が襲い掛かる。さしものオーガも合力して襲い掛かるクラウグスの戦士には敵わず、更にその数を減らして行く。


 「黒い奴は居るか?!」


 シュラムが手近に居た指揮官を捕まえて、半ば脅すような声音で言った。シュラムに肩を掴まれて振り向いた指揮官は二人の顔を認めると胸に拳を打ち付ける。


 「これは勇者が揃い踏みで! 休んでいても誰にも文句は言わせぬが、それでも更なる戦果を求めるか?」

 「俺もティタンもアークオーガの首が欲しくて仕方がないのだ。黒いのは?」

 「居らぬな! 残った敵も僅かばかり、もしかしたら、混乱の最中とっくに討ち取られたのやも知れぬ!」


 ティタンは剣の具合を確かめ眉を顰める。予備の三本目だが既に限界だ。頑強なオーガの筋骨に叩き付けたのだ。無理も無い。

 剣を鞘に収めようとしたが歪みが大き過ぎて途中で止まってしまう。鞘は幾らかの余裕を取って作られていたが、それでは誤魔化せない程に曲がっていた。

 仕方なく剣を諦め、ティタンは言う。


 「そんなに甘い相手じゃ無い筈だが」


 ティタンが以前見たアークオーガは体躯こそ小柄だが恐ろしい相手だった。

 三百年前、クラウグス南東、ドワーフ達が地下要塞を築く大山脈。其処に突如として現れたアークオーガを討ち取ったのは、ティタンの養父である“黄金の鬣”ロンブエルだ。

 ティタンは当時背丈が今の半分程しかない年頃で、養父や同胞である赤銅の牡鹿の戦士達がアークオーガと熾烈に戦うのを後ろで見ている事しか出来なかった。

 赤銅の牡鹿は血気盛んで頑固なドワーフ達と協力し、オーガの集団とそれを率いるアークオーガを打ち破ったが、大きな被害が出た事を覚えている。牡鹿の戦士は八名が生きて戻らず、ドワーフは六名の勇者と長老格の指揮官を失った。

 牡鹿の長ロンブエルも腕に重傷を負い、後々までその傷に苛まれた。それと同等の強敵だと思えば、侮れる筈が無い。


 「ティタン様、あちらを」


 背後に控えていた筆頭巫女が南の方角を指差した。

 筆頭が指差す方から騎馬が三騎戦場へと走り込んでくる。艶消しを施された軽量な革鎧はノースウォッチレンジャーズの物だ。


 「ティタン、居るか!」


 大声でティタンの名を呼んだのは傷面のケイロン。ティタンが呼び掛けに答えて右手を上げると、彼はすぐさま寄ってきて下馬し、荒い呼吸を抑えた。


 「逃げ出したアークオーガを捕捉している。奴はオーガ止めに向かっているぞ」

 「どう言う事だ。……アークオーガは手下を捨てて?」

 「そうだ」


 ティタンは舌打ちした。頬にこびり付いた泥と返り血を拭いながら唸る。

 正に慮外の事態だ。どれ程異様ではあっても、オーガは人間に対して逃げ腰になる事は絶対に無かった。

 その怪物達の親玉が、あろう事か逃走するとは。ティタンは裏切られたような気持ちになる。


 「不愉快な奴だ。蛮勇とはいえ紛れもなき“雪崩”の誉れ。恐れを知らないその戦い方だけは尊敬していたのに」

 「言ってる場合か。北西丘陵部のオーガ達も移動を始めたぞ。手が足りず続報はまだだが、恐らくはこちらもオーガ止めを目指している」


 そうなるとペルギスが拙い。彼の指揮下で防衛戦に参加しているディオの顔がティタンの脳裏を過ぎる。


 ケイロンはティタンに協力を要請してきた。


 「グランダム殿からはお前と……そしてレイヒノムの勇者殿を先行させろと言われて来た」

 「おや……。まぁ指揮官グランダムには散々大口を叩いたからな」

 「お初にお目に掛かる、私はケイロン・フェイオー。緊急ゆえ無礼を許されたし」


 苦笑しながらシュラムは言った。彼は指揮官グランダムにこの場での開戦を決心させるため、散々グランダムを煽ったり、挑発したり、主神の名をちらつかせたりしていた。

 それを思えばまぁ仕方ない事ではある。グランダムもシュラムの雷の威力や、ティタン達前衛の戦いを目の当りにしただろう。期待半分と言った所か。


 「俺を除け者にして面白そうな話をしているではないか」


 ディマが目をギラギラさせながらやってきた。彼の率いるイヴニングスター戦士団も尋常でない被害を受けている筈だが、未だに彼も、彼の引き連れる腹心達も、更なる戦いを求めていた。


 「イヴニングスターでは力不足か? ケイロン、貴様の読みが正しいとして、丘陵部に居たオーガ達はどの程度でオーガ止めに辿り着く」

 「奴等がその気になれば、此処に居る兵達は間に合いますまい。残党狩りと援軍で二手に分かれる必要があります」

 「……グラムダン殿には当然進言していような?」

 「私が何を言うまでも無く、既に伝令を。恐らくはディマニード様にも直ぐに」


 ディマは残ったオーガの残党達に目を遣る。激しくも虚しい抵抗が続いている。

 残敵を味方に任せて直ぐに準備を整えれば、オーガ止めへの援軍は間に合うだろう。素早く行軍の計算を廻らせて、ディマは言った。

 指揮官でありながら汚泥に塗れたずたぼろの姿が、どうしようもなく頼もしい。


 「グラムダン殿の命令も出ているようだ。お前達、卑怯にも逃げたアークオーガを追い、見事討ち取って見せろ。

  イヴニングスターは残敵を味方に任せ可能な限り素早く南へ戻る。我等、オーガ止めで更なる名誉と栄光を手に入れようではないか」

 「望む所だ。ディマ、雛どもを頼む」

 「良いだろう」

 「ケイロン、馬を借りたい」


 ケイロンはティタンの言葉を受け部下二人に目を遣る。

 二名のノースウォッチレンジャーズはそれぞれの馬を牽き、ティタンとシュラムの前へと歩かせた。


 「俺の自由に出来るのはこれらだけだ」

 「グラムダン殿に強請ってみるか」

 「伝令の為に出払っているだろう」

 「……仕方ないな」


 ティタンとシュラムは騎乗した。ケイロンもディマに一礼し、再び馬上に戻る。

 仰々しく跪くパシャスの巫女達。常ならば諫めるが、その僅かな暇も惜しい。


 「ティタン様、御武運を」

 「お前達も力を尽くせ」

 「我等は常に貴方を信じております。女神パシャス名の元に、この美しく厳しい北の大地の名の元に、勝利をお掴みください」

 「パシャスが俺に勝てと命じるのではない」


 筆頭は切なげに眦を下げた。どれ程この方を思おうと、この方は甘えを許してはくれない。只管風の如く飛んでゆかれる。


 「頼むぞケイロン!」

 「ついてこい!」


 言うが早いかケイロンは馬を走らせた。ティタンはその後ろに続きながらロールフとアーマンズに怒鳴りつける。


 「ロールフ、アーマンズ! 隊を纏めてディマに従え!」


 神妙な顔付きでロールフの手当てを行うアーマンズと、顔面を包帯に覆われたロールフ。二人は即座に立ち上がり、胸に拳を叩き付けた。

 思い思いに休息を取っていたヴァン・オウル・アッズワースの隊員達が一斉にそれに倣う。


 「シェフ! 武運を祈る! 勝利の栄光と、名誉ある死を!」

 「ヴァン・オォォーウル、アッズワァァース! 同胞に忠誠を!」


 駆けて行く三騎を見送った後、アバカーンが唐突に立ち上がる。


 「スワト、そう言えばあるではないか!」


 スワトはアバカーンの言葉にあ、と間抜けな声を漏らす。



――



 鬨の声を背に受けて三人は馬を駆った。草原を駆け抜け、少し迂回してセラン川の浅瀬を渡り、主要道に乗る。後は南に一直線だ。


 暫く言葉もなく走り続ける。軍馬の早駆けは矢張り徒歩での移動とは比べ物にならず、あっと言う間に景色が流れて行く。


 先頭を走るケイロンの背中には鬼気迫る物があった。やはり敗走の屈辱に耐え、過酷な戦場に身を投じていた戦士達の指揮官。その労苦が報われる瞬間が近いとなれば奮い立つ物もあるだろう。


 「嬉しいだろう、ケイロン! 奴等に殺されたお前の部下達の仇が討てるぞ!」

 「それもある! だが……!」


 ケイロンは振り返りもせずに答えた。


 「俺達レンジャーズは今深い充実感の中に居る! 誰も行けないような場所への斥候、伝令、そして戦い! 俺達こそがアッズワースに取って必要不可欠な役目を担っていると言う事実が周知されるだろう!

  これこそ俺達レンジャーズの求めた物、“這いずる者達”の矜持だ! 俺達はこの未曾有の困難の中で完成された!」


 這いずる者達とはレンジャーズの蔑称であった。何処にでも口の悪さを堪えられなかったり、他人がどのような働きをしているのか想像できなかったりする愚か者が居て、そういった輩は最精鋭の一つである筈のノースウォッチレンジャーズですら侮辱する。


 彼等は北部の魔物達の様子を探る為に山野に潜む。茂みの中、身体に泥を塗りたくり、狼の腐乱死体を被り、時には魔獣の糞便の中にも潜る。

 常に北の監視塔に詰め、与えられる任務は過酷だ。耐え切れず精神を病む者も少なく無い。

 そうまでして与えられる彼等の俸給は確かに高額だったが、激務の為に使う暇が無い有様だ。そして彼等の四分の一くらいは、人生の楽しみを何も知らぬまま殉職するのだ、と嘲笑われる。


 何の為に戦うのか分からない、正気を失った哀れな奴等。這いずる者達に祝福を。

 そういって馬鹿にされているのをティタンも聞いた事があった。


 「這いずる者の一分を、誰も彼も知るが良い!」

 「愚かな奴等もお前達の真価を思い知り、震え上がるだろう!」

 「それは良い! だが今はアークオーガに集中しろ!」


 言いながらケイロンは周囲を見渡した。空に一筋上っていく煙を見つけると、片手で手綱を操りながら器用に指笛を吹く。

 程なく、茂みを馬で突っ切ってケイロン配下のレンジャーが一名現れた。そのレンジャーはケイロンと併走しながら報告した。


 「指揮官、道を真直ぐです!」

 「距離は!」

 「この足ならば幾許もなく!」

 「よし、行け! 北西の隊と合流しろ!」

 「は!」


 短い遣り取りの後ケイロンはレンジャーに新たな命令を下す。

 すぐさま馬首を切り替えして走り去るその姿に、シュラムがポツリと漏らした。


 「成程、よく鍛えられている」

 「このまま進む! 直ぐに追い付くぞ! 覚悟は良いな!」


 ティタンは黙ったまま前傾姿勢を取った。馬を更に駆り立て先を急ぐ。


 背の高い茂みの中を小道が走る見通しの悪い地形。その茂みの合間を行く黒い影を見た時、ティタンの背がこれ以上無いほどに泡立った。


 「アークオーガ……思い知るが良い。どれ程逃げようと、牡鹿の剣はお前を貫く」


 見付けた。とうとうその姿を捉えた。

 数多の怪物達を従えて北の大地を席巻し、多くの同胞に苦戦を強い、命を奪った強敵。


 アークオーガ。闇色の肌の悪鬼。人骨を繋いで作った首飾りに、手足から垂れ下がる銀の鎖。

 体躯は小さく、しかし並のオーガより強靭。動きは俊敏で、何より残忍だ。


 それが振り返りティタン達を睨みつける。

 濁った血色の目が見開かれた。アークオーガは牙を剥き出し、喉頸を反らして咆哮した。


 「天上の神々よ照覧あれ!」


 応じるように戦斧を掲げてシュラムが吼える。ティタンも牡鹿の剣を抜き放ち、胸の高さで水平に掲げて吼えた。


 「Wooooo Vaaaan!!」


 ケイロンが馬の胴体に提げられていた槍を取り、頭上でぐるりと一回転させる。

 上体を反らして大きく息を吸い込み、手綱を強く絞った。ケイロンの駆る騎馬が棹立ちになり、ケイロンはその背から槍を投げ放つ。

 柔らかな木の枝の如くケイロンの体は撓った。馬上からの投槍は正確にアークオーガを捉え、アークオーガは節くれだつ斧を振り上げてそれを迎えうつ。


 ケイロンの投槍は防がれた。しかし、次の瞬間挟みあげるようにしてティタンとシュラムが左右から肉薄していた。


 向かって左からティタン。身を馬体の右側に大きく沈ませ、右手に握った剣はまるで肩に担ぐかのように引き寄せる。掬い上げるように薙ぎ払う構え。

 向かって右からはシュラム。ピンと背筋を伸ばして馬を制御し、左の手首で戦斧を振り回す。その一撃の重さは想像に難くない。


 アークオーガは投槍を防ぐ為に持ち上げた斧を前に出して突進した。その突進はシュラムに向けての物だった。

 矢張りただのオーガより小さく見えても剛腕。シュラムの馬が突進で頭蓋を潰される。しかし、その瞬間にティタンの剣がアークオーガの右脇腹を薙ぎ、シュラムの戦斧が肩を抉る。


 脇腹からの猛烈な出血。肩の肉が弾け、醜悪な人骨の首飾りが千切れ飛ぶ。

 確かな手応え。アークオーガの悲鳴。会心の一撃だった。


 駆け抜けながら振り返るティタン。シュラムが落馬し背の高い茂みの中に突っ込む。ケイロンが剣を抜き再び馬を走らせ、重傷を負ったアークオーガに突進した。

 激しく出血しながらアークオーガは咆えた。右脇腹は深く抉られ、右肩は内側から弾けたように肉が露出し、鎖骨まで割られている。

 しかし左手一本で斧を握り直し、ケイロンに狙いを定め掬い上げた。巨大な斧を片手で扱っているとは思えない振りの早さだ。手足に巻かれた銀の鎖がジャラリと鳴る。


 ケイロンの馬の首がぐにゃりと撓み、直後引き千切れるようにして切り離される。肉片と血が飛び散りケイロンの顔面に叩き付けられる。

 ケイロンはそれに構わず振り上げた剣を叩き付けた。鈍い輝きを放つ刃はアークオーガの太い首の肉を激しく削り、アークオーガはまたもや絶叫した。


 首を失った馬が早駆けの勢いそのままに転倒し、ケイロンはシュラムのように馬上から投げ出される。ティタンは転がり落ちるように下馬すると、アークオーガに向き直って拳を胸に叩き付ける。


 「Woo!! Woo!! Woo!!」


 一吼えする度に胸を叩く。咆哮と鈍い音が交互に響き渡る。


 声と音に挑発されてアークオーガはティタンを睨んだ。ティタンは強敵と真正面から相対し、素晴らしい肉体だと感嘆の声を漏らす。

 通常のオーガより小柄で単純な筋骨は少なく思えるが、人に酷似した体型はその力強さをより主張していた。

 シュラムに右側を激しく抉られはしたが、あの隆々とした肩の肉の起こりはどれ程重たい武器であろうと鋭く振り抜くだろう。正に今のように

 大きな足は太い肉体を揺らさずに支え、見事に張り詰めた脹脛はこの魔物が俊敏に飛び跳ねる様を容易く想像させる。


 「何の憂いも無く……俺とお前のみで出会いたかった物だ」


 しかし悲しいかな。ここにはレイヒノムの勇者シュラムと、ノースウォッチレンジャーズの長ケイロンが居る。二人とも既に立ち上がり、各々の得物を構えている。

 たった今ティタン達三人によって刻まれた傷は決して浅くない。特にティタンは深く腸までも切断した手応えを得ていた。


 それを証明するかのようにアークオーガの脇腹から血の泡が噴き出て、ぶ、ぶ、と奇妙な音を立てていた。腹圧によって腸が零れ出ようとしている。

 例え奇跡が起こってこの場を免れることがあっても長くは無い。


 何をどうしようと此奴は死ぬ。シュラムが掲げた短槍に、黄金の雷が奔った。



――



 「首は譲ろう。だが馬は俺が使う」

 「オーガ止めに向かうのか」

 「北西の敵が向かって来ているならペルギスが危うい。幾ら溝と防壁があっても、奴の指揮下で精鋭と呼べるのは直属の部隊かセリウ名代のストランドホッグだけだ」


 どす黒い血溜まりに沈んだアークオーガの死体を見下ろす。その屈強な肉体は執拗に焼き焦がされ、その上で首を落とされていた。脇腹から零れ出た腸が状況をより凄惨な物に変えている。

 重傷を負っても尚手強い、予想に違わぬ強敵だった。しかし結果としてティタン達は一人も欠ける事なく、アークオーガは無残な屍を晒している。


 ティタンは転がった悪鬼の首を見詰めながら妙に痛ましい気持ちになった。

 必要以上に苦しみを与えてしまったし、無駄に屍を傷付けてしまった。幾ら逃げ出した卑怯者とは言え、本意ではなかった。


 「主神レイヒノムの雷は凄まじい」

 「クラウグスの民草を愛する故に」

 「憎い仇だがここまで遺体を辱めたくは無かった。……強敵に敬意を」

 「あぁ、敬意を」


 ティタンとシュラムはそれぞれ拳を胸に打ち付け、討ち取った強敵の為に祈った。


 ケイロンが馬の手綱を取りティタンの前まで連れてくる。ティタンは礼を述べて騎乗すると南方、オーガ止めの方角を見遣った。


 「ティタン、レンジャーズを代表して礼を言う」

 「まだこんな物で満足するな。急げよお前達、俺が強敵を一人占めしてしまう前にな」


 ティタンの軽口にケイロンは笑う。シュラムも軽口を返す。


 「遠慮してやっても良いぞ。余り手柄を挙げ過ぎると、お前の巫女達が嫉妬しそうだ」

 「遠慮などするな。お前と武功を競うは戦士の誉れ」


 真顔で返すティタン。面映い、とシュラムは肩を竦める。


 ティタンは再びアークオーガの骸を見遣ると、天空に向けて一度、Wooと吼えた。


 馬の腹を蹴り南へ向けて走らせる。戦いはまだ続いていた。

 シュラムがその背を見送りながらぽつりと呟く。


 「……この地で無くば、生き難かろうな」


 今この北の大地には、そう言った者達が集り過ぎている。

 主神よ、この出会いに感謝する。シュラムは幾つもの意味を込めて聖句を唱えた。



――



 オーガ止めの西側は小振りな岩の多い小山になっており、小さな森を抜ければ直ぐ其処に辿り着ける。

 ティタンはその小山の上でオーガ止めの様子を窺う。戦況は悪くない。集められた膨大な数の弓手達は敵に痛打を与えていた。


 オーガ止めはこれまでとは随分違った使われ方をしていた。軍団は防壁の背後に陣を敷き、防壁に等間隔に設けられた移動用の隙間から抜け出てくるオーガ達を囲んで叩いている。

 元々オーガ達を止め得る手段など多くない。これ以前のやり方でオーガ止めが機能していたのは敵が少数で、溝で足が鈍った所を叩くだけで充分だったからだ。

 今のやり方も敵の勢いは確かに衰えるのだから有効と言えた。とは言ってもオーガ止めの高さはティタンの背丈より少し高い程度でしかない。オーガならば乗り越えるのは容易だったが、しかしそう言った固体には集中して矢が撃ち込まれる。


 「悪くない戦法だ。存分に敵を殺している。……だが」


 ティタンは弓手達を守る前衛達の露骨な士気の低さに眉を顰めた。大盾を構える前衛達はオーガ達に対し明らかに腰が引けている。

彼等は無理矢理死地に引き摺り出された己の運命を嘆くばかりで、眼前の敵を殺して生き残ろうとする意思に欠けていた。背後の弓手達の為に踏み止まる勇気を持つ者が、彼等の中にどれ程居るだろうか。


 口にするのも恥ずべき事だが彼等はアッズワースの古参兵達だ。しかしその肩書きは決して名誉な物ではなく、今や各地から集った新参者達の方が、戦士としての力でも、高潔さでも、彼等よりずっと評価されている。


 戦う為に高度な訓練を受け多くの実戦を経験してきた者と、長らく要塞の防御力に頼り切り戦う力を失った者。ペルギスの戦力配置は誤りであり……また正しくもあった。

 このような弱兵がティタン達の方に割り振られていたとしたら仲間の足を引っ張るばかりだったろう。


 「思った以上に弱兵揃いだったな。司令官ペルギス、逃げ腰の戦士が何の役に立つ。」


 意志薄弱な者に脇や背後を任せられる訳がない。ティタンは目を細めて兵達の動きを伺う。


 本陣らしき場所の直ぐ傍で隊列が動いていた。見覚えのある鎧の者達。彼等を前に何事か語って聞かせているのは栗毛の女。

 ディオとその配下のフォーマンスだ。遠目ではあるが恐らく間違いない。あれはストランドホッグ兵団だろう。そこに本陣の兵、司令官ペルギスの精鋭らしき兵達がほぼ同数加わる。


 隊列は崩さぬまま彼女達は本陣から大きく離れた場所に移動する。敵を迎え撃つ隊とも離れた場所だ。

 練度はこう言った極めて単純な所にすら現れる。集団行動の訓練を疎かにした兵団はこれだけの事にすら苦労する。


 オーガ止めの西側、ティタンから見て手前側に移動した彼女達の目的は容易に理解できた。敵の迂回を警戒しているようには見えない。寧ろ彼女達こそが森を通ってオーガ止めを迂回し、敵の側面を叩く手筈だろう。


 果たしてその一撃でケリが着くかどうか……。難しい攻撃になるのは間違いない。

ペルギスも北西のオーガ達が新手として迫っている事は知っている筈だ。勝負を急ぎたい気持ちは理解できた。


 しかし


 「また、彼等のような戦士達にばかり苦戦を強いる」


 本来ならばもっと多くの戦士達を動かすべきだ。それすら侭ならないのか。

 険しい顔になったティタンは山の下に気配を感じ視線を下げた。


 急勾配の山肌を四人の兵達が登って来ていた。兵達はティタンに気付いているようで、機敏な動きでティタンの居る場所を目指す。

 斥候だ。高みから敵の動きを伺おうと言うのだろう。こう言った者達が周囲に散らばっているに違いない。


 「そこの者、傭兵か? 北へ向かった者達の……」


 その斥候はティタンの顔が良く見える距離まで近付くと、慌てて拳を胸に打ち付けた。


 「もしや……ティタン殿か! お会いできて光栄だ」

 「……僅かに優勢って所か」

 「ペルギス様がいらっしゃる限り、幾らでも持ち堪えて見せるとも」

 「敵の新手が迫っていてもか?」


 意地の悪いティタンの言葉。

 斥候には精鋭が選ばれる。ならば、この兵達もそうなのだろう。士気の高さが窺える。


 「全ての戦士がお前達のようなのばかりならそう言えるだろう。だが実際は少数の勇者達に苦しい戦いを押し付けている」


 苦境はクラウグスの戦士の望む所だ。しかしそれは常に最善の選択を、少なくともその努力をした上での苦境で無くてはならない。

 ティタンの険しい表情に何を思ったのか、兵達は言葉少なく答える。


 「……言いたい事は分かる。だが、実力の伴わない者が続いても被害が増えるばかりだ」


 ティタンの険しさは晴れなかった。


 「名誉ある同胞が死地に向かうのをただ見送るばかりで……それでクラウグスの戦士を名乗れる物かよ」


 兵達はそれ以上反論出来なかった。ティタンは目を真ん丸に見開いて戦場を見下ろしていて、其処には息を呑むほどの凄味があった。

 全身に泥と返り血をこびり付かせた恐ろしげな有様。その表情。その気配。その立ち姿。斥候達は思わずぶるりと震えた。


 「ティタン様! 此方にいらっしゃいましたか!」


 唐突に声が上がる。ティタンは声の聞こえた方に目を遣る。

 赤毛の駿馬に跨る巫女スワトだ。彼女の操る馬は小山とは言え険しい地形を易々と上り詰める。並みの馬ではない。


 「スワトか」

 「輜重隊に貸した馬を返して貰って、ティタン様を追って参りました。どうぞ私の力をお試し下さい。如何なる地獄にもお供しようではありませんか」


 下馬し、跪くスワト。余裕たっぷりに笑う彼女にティタンも口元を綻ばせる。

 巫女達の中で特に手強いのがスワトだ。常に笑みを浮かべながらも視線は鋭く、油断も隙も無いような女だが、矢張りクラウグスの戦士の一人だった。


 「スワト、お前も名誉ある同胞だ」

 「……は、はぁ」

 「だが俺に付いて来るなら馬は邪魔になる。此処へ置いていけ。……おいお前達、司令官ペルギスの斥候なんだろう?」


 突然、滅多に無い称賛の言葉を掛けられてスワトは混乱した。そんな彼女の様子を省みる事無く、ティタンは斥候達に問い掛ける。


 「……その通りだ」


 簡潔な返答。ティタンはならばよし、と頷いた。


 「使命を果たせ。ペルギスに間違いなく伝えるが良い」


 ティタンは牡鹿の剣を引き抜いた。襤褸切れでは拭い切れぬ脂のぬめりを感じる。

 アークオーガを切った。しかしその首はシュラムとケイロンに譲った。


 もう一つ、神々やバルド達英霊に奉げる為の首が、どうしても欲しい。ティタンの目はいつしかオーガの軍勢の中央で咆哮する黒い輝きを捉えていた。


 「お前がこれから目にする物を」


 ティタンは一歩前に踏み出した。小山の急な斜面を滑り降り、スワトがすかさずその後を追う。

 斥候達はそれを見送るばかりだ。土煙を巻き上げながら山の斜面を下って行く背に、畏敬の念と同時に苦しい物を感じていた。


 「あれがパシャスの勇者か……。噂に違わぬが、只人に多くを求め過ぎている」



 ティタンは土埃に塗れながら下山し、小さな森の中へと踏み込んだ。その頃にはストランドホッグ兵団も移動を開始していて、彼等は森の中で出会う事になる。

 茂みを掻き分けて現れる栗毛。いつもは美しく整えられたその髪も、今は汗で頬に張り付いている。砂埃に塗れたその姿はしかし輝いている。


 「ティタン、ティタンね! 何故此処に?!」


 額に滲んだ汗を拭いながらディオが問う。その目には確かにティタンに対する期待があった。


 「戦う為だ! 当然だろう!」


 ティタンはディオ達を追い抜いて走り始めた。


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