第52話 謁見の後
着替えを終えて広間へ入ると、カイゼルさん達は既にいつもの席に座っていた。私達に気付くとカイゼルさんは微笑みながら、座るように促してくれる。
「先程は緊張させてしまったようで申し訳ございません。何分形式が大切なものですから……お許しください」
私達が向かい側の席に着くと最初にカイゼルさんはそう言って頭を下げた。
「いえ、カイゼルさん達は王家の方々ですから、当然のことだと思います。お気になさらないでください。確かに結衣は少し緊張してしまったみたいですが……」
私が結衣の方を見て笑いながら言う。
「し、仕方ないでしょ。あんなのは初めてだし、私は麗奈と違って普通の人間なんだから緊張もするよ」
私の言葉に顔を赤くした結衣はそう言って頬を膨らませた。そしてすぐに笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。さあ、それでは食事にしましょう」
カイゼルさんが合図をすると次々とお皿が運ばれてきた。
「あの……カイゼルさん、葡萄酒はありますか?」
私が尋ねるとカイゼルさんはスプーンを止める。
「葡萄酒ですか? もちろんありますよ。すぐに持ってこさせましょう。麗奈は葡萄酒がお好きでしたか」
カイゼルさんはすぐに給仕の方を呼び葡萄酒を持ってくるように言った。
「いえ、私も嫌いではありませんがシルヴィが好きなので」
フォークを口元に運ぼうとしていたシルヴィの動きが止まる。
「そ、そんな! どうか私のことはお構いなく」
慌てた様子でシルヴィは手と首を横に振った。
「はっはっは、気にするな。今日は三人へのお礼なのだから遠慮する必要はない」
カイゼルさんは笑いながら再び給仕の方を呼び何事か囁く。給仕の方は頭を下げると下がっていった。
「それにしても再生と蘇生の魔法ですか。エルから聞きましたが凄い魔法のようですね」
私達の様子を見て微笑んでいたセリアさんが口を開く。
「ええ、私も驚きました。まさかあんな魔法があるとは。ただ、相当の魔力を使うようで、一日に何度も使うことはできないようですが」
「今回はその魔法のおかげで助かりました。このリフランであのようなことがあれば、本来は大問題になるところです。麗奈達が近くに居てくれて本当に良かった。エルから聞いてすぐにグレイン候の元へもジェイルを謝罪へ向かわせました。グレイン候は領地も大きく、我が国でも有数の貴族です。国政に影響を及ぼすことにもなり兼ねませんでした。本当に何と感謝すれば良いのか。本当にありがとうございます」
カイゼルさんはもう一度深く頭を下げた。
「いえ……シャルロットがグレイン侯爵の娘だと分かっていればもっと早く報告することが出来たのですが、申し訳ございません」
私が謝るとカイゼルさんは首を横に振る。
「麗奈は何も悪くありません。報告が遅れたエルには少し怒りましたが」
エルは恥ずかしそうに首をすくめた。
「でも、エルは帰ってすぐにカイゼルさんに言ったんだよね?」
結衣が首を傾げて尋ねるとエルは控えめな笑みを浮かべる。
「ええ、あの後すぐに報告はしたのですが、もっと早くに帰るべきでした……」
「もっとも、エルにそれほどまで一緒に居たいと思う友人が出来たのは嬉しいことです。そうですよね、あなた」
「ああ、それはいいことだな。そういう意味でも皆さんには感謝しなくてはいけませんね」
二人は嬉しそうに目を細め、エルは恥ずかしそうに俯いた。
「私達もエルと友達になれてよかったよね。麗奈」
「うん。あ、もちろんシルヴィもね」
横で少し寂しそうにしていたシルヴィは突然の言葉に一瞬驚き、そして顔を赤くしながらも笑顔を浮かべる。
「はっはっは、仲が良いのはいいことです。おお。さあシルヴィア、きっと気に入ると思うぞ」
私達が話していると給仕の方が葡萄酒を持ってきた。早速注いでもらったシルヴィは、一口飲んで驚きの表情を浮かべる。
「シルヴィ、どうしたの? そんなに驚いて」
結衣が尋ねると、シルヴィはもう一口葡萄酒を飲んでから口を開いた。
「あの……国王陛下、この葡萄酒は……」
シルヴィが尋ねるとカイゼルさんは嬉しそうに微笑む。
「シルヴィアの予想通りヴィーネ村で作られたものだ」
「お父様、ヴィーネ村といえば……」
「ああ、シルヴィアの家があるところだ。良質な葡萄が取れるところで、量は多くないが葡萄酒も作っている」
既に一杯目を飲み終えたシルヴィは、話を聞きながら再び給仕の方に葡萄酒を注いでもらい、一口飲んでは幸せそうな表情を浮かべている。
「ふふ、随分と気に入ったみたいですね」
「あ、はい。懐かしい味なので。つい……」
エルに笑われてシルヴィは顔を赤くした。
「好きなだけ飲んでくださいね」
「ありがとうございます……」
顔を赤くしながらもグラスを放さないシルヴィを見てセリアさんがそう言うと、シルヴィは一層顔を赤くする。
「感謝の気持ちを表すのに何が良いか悩んだのですが、この様子では首飾りより葡萄酒の方がよかったかもしれませんね」
カイゼルさんにも笑われてシルヴィは俯いて完全に黙り込んでしまった。
談笑しながらゆっくりと食事を楽しんだ後、お城で泊まることになった私達はカイゼルさんとセリアさんに挨拶をしてから、以前に私達が使っていた部屋へ向かった。少し休んだ後お風呂に入り、久々の香水風呂を堪能した。お風呂から出た私達はそのまま四人並んでベッドへ入る。
「こうして一緒に寝るのも久しぶりですね。麗奈達と会うまではずっと一人で寝ていたのですが、最近は一人で寝ると少し寂しく感じます」
エルはそう言うと恥ずかしそうにしながらも私に寄り添ってきた。そして少しすると安らかな寝息が聞こえてくる。
「二人とも寝ちゃったね」
シルヴィも規則正しく胸を上下させ、珍しく最後まで起きていた結衣が小声で話しかけてきた。
「結衣は寝ないの?」
「うーん、眠気はあるんだけど……。そういえばシルヴィって……本当に葡萄酒好きみたいだね」
結局、恥ずかしそうにしながらもシルヴィは一人で葡萄酒を一本飲み、満足そうな表情を浮かべていた。
「ふふ、今度ヴァルドにヴィーネ村の葡萄酒を探してきてもらわないと」
「うん……葡萄酒が……」
結衣から言葉になっていない返事が聞こえ、それは徐々に寝息へと変わっていった。
「お休み、結衣」
翌日、カイゼルさん達に挨拶を済ませ、門の前で待っていた馬車に乗る。
「それではフェルディ、よろしくお願いしますね」
「お任せください」
フェルディさんはエルに一礼して馬車に乗り込んだ。
「それじゃあエル、またね」
「はい。また遊びに行きます」
「では姫様、行ってまいります」
フェルディさんが合図をし、馬車は動き出す。エルは見えなくなるまで手を振ってくれていた。
「麗奈様、お尋ねしたいことがあるのですが」
馬車に揺られて暫くすると、フェルディさんが突然口を開いた。
「何でしょうか?」
「突然すみません。皆様がされている何でも屋というのは本当にどんな依頼でも受けていただけるのですか?」
「ええ、私達で出来ることであれば何でも受け付けています」
「決して井戸屋さんではありません」
結衣の言葉にフェルディさんは首を傾げる。
「実は井戸替えの依頼ばかりで、他の依頼が全くこないのです」
私が説明するとフェルディさんは納得した様子で頷いた。
「それは大変ですね……。しかし、そうですか。どんな依頼でも受けていただけるのですね」
「はい。何か依頼があればいつでも仰ってください」
「ありがとうございます。そうですね……まだ何とも言えませんが、もしかしたら近いうちに皆様に依頼することがあるかもしれません。もちろん井戸以外で」
「本当ですか!?」
苦笑しているフェルディさんに結衣が身を乗り出して尋ねる。
「そうですね……。おや、着いたようです」
フェルディさんが話しかけたところで丁度馬車が止まった。私達はフェルディさんの手を借りて馬車を降りる。
「あまり期待されると困りますが、その時はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「それでは、失礼します」
私達は馬車を見送ってから家に入った。




