第50話 私達の依頼
「姫様がお越しです」
アルベールさんに聞こえないよう、ヴァルドは私の耳元で囁いた。
「わかった。少ししたら行くから隣の部屋で待っててもらって」
ヴァルドはアルベールさんに頭を下げてから部屋を出て行った。
「失礼しました」
「いえ、何か急用でしたらどうぞお構いなく」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「そうですか。それで、お礼の件ですが、何か私にできることはございませんか」
アルベールさんは意志のこもった目で私を見る。
「お気持ちは大変有り難いのですが、特に何かというのは……。二人はどう?」
これ程まで言われて、断るわけにもいかないだろう。結衣とシルヴィに尋ねると二人は首を傾げた。
「そうですね……特にこれというのは……」
「何でも構いません。私にできることであればどんなことでもさせていただきます」
「あ、それなら」
結衣はぽんと手を叩くと私の耳に口を寄せる。
「お店の宣伝をしてもらったらどうかな? 来るのは井戸の依頼ばかりだし、井戸屋さんじゃなくて何でも屋の宣伝を」
「うん、それがいいね。そうしよう。ではアルベールさん、一つお願いしてもよろしいですか?」
私がそういうとアルベールさんは身を乗り出した。
「勿論です。何でも仰ってください」
「それでは、私達のお店を宣伝していただけませんか」
アルベールさんは拍子抜けしたような顔をする。
「お店の宣伝、ですか?」
「はい。私達は何でも屋をしておりますがまだ出来たばかりで、残念ながらお客さんもまだまだ少ない状態です。そこで、よろしければお店の宣伝をしていただきたいのですが……」
私がそういうとアルベールさんは大きく頷いた。
「なるほど。わかりました。そういうことでしたらお任せください。何でも屋がどういったものかは既に聞いております。珍しいお店ですからすぐに広まるでしょう。全力で皆様のお店を宣伝させていただきます」
「ありがとうございます」
「やったね、麗奈」
「ですが……本当にそんなことでよろしいのですか? 皆様から受けた恩はその程度ではありませんので、もっと何か仰っていただいても……」
「いえ、今の私達にはお店の宣伝をしていただけることが一番有り難いことです」
アルベールさんはもう一度深く頷く。
「わかりました。それでは私が戻りましたら早速こちらのことを話させていただきます」
「よろしくお願いします」
「それでは、私達は失礼させていただきます。本日はお忙しい中ありがとうございました」
アルベールさんとシャルロットは立ち上がり頭を下げる。
「いえ、こちらこそ何度もお越しいただき申し訳ございませんでした」
「こちらが勝手に伺わせていただいただけです。お気になさらないでください。それはそうと、私の家はウィートの町にございます。近くへお越しになることがありましたら是非お立ち寄りください。家の場所は町の者に聞いていただければわかると思います」
「ありがとうございます」
二人はもう一度頭を下げるとメイドに案内されて帰っていった。
「これでお客さんも少しは増えるかな?」
「そうですね。身なりも立派な方ですから、少し期待していいかもしれません」
「お店の宣伝はいい案だったね」
「えへへ、そうでしょ」
結衣は腕を組んで胸を張っている。
「ふふ。それはさておき、実はエルが来てるんだよ」
「姫様がですか?」
「うん。隣の部屋で待ってもらっているから行こうか」
「エルと会うのは久しぶりだね」
私達三人が隣の部屋へ入るとエルはすごい勢いで走ってきた。
「麗奈! 結衣! 会いたかったです」
「あはは……私達もだよ。ね、結衣」
「うん。エル、久しぶり。とりあえず放してくれると嬉しいかも」
エルははっとした様子で私達を抱きしめていた手を離した。
「あっ、す、すみません」
「気にしないで。何か飲み物をお願い」
メイドに飲み物を頼んで私達はソファに座る。エルは私と結衣の間にすっぽりと収まった。
「ところで、お二人はいつ戻ってきたのですか? 前回来たときは留守でしたが」
「ああ、その時はごめんね。依頼でクノム村に行っていたから。帰ってきたのは昨日だよ」
「いえ、お店が順調なようで何よりです。そういえばシルヴィア、お二人のお店を手伝っていかがですか?」
エルが尋ねるとシルヴィは頬を染めた。
「いろいろと大変ではありますが、とても楽しいです。こんなに楽しいことは初めてかもしれません」
少し俯いて恥ずかしそうに話すシルヴィを見てエルは嬉しそうに微笑む。
「そうでしたか。安心しました」
「エルはとても頑張ってくれているよ」
「うん。シルヴィに魔法も教えてもらったし」
「やはりお二人にシルヴィアのことをお願いして正解でしたね」
「失礼します」
私達が談笑しているとメイドがアンベルを持って入ってきた。机の上に並べると一礼して部屋の端に下がる。
「そういえば、今はお忙しいところだったのではありませんか?」
エルがカップに口をつけて尋ねた。
「ううん、大丈夫だよ。お客さんが来てたけど、さっき帰ったから」
「私が来たから早く帰っていただいたのではないのですか?」
エルが不安そうな表情を浮かべる。
「そんなことはないよ。丁度話が終わったところだったから」
「それだとよいのですが……」
「あの、姫様」
シルヴィが突然口を開いた。
「シルヴィア、どうしましたか?」
「お尋ねしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
エルは首を傾げている。
「王国南西部グレインの領主はどのような方かご存じありませんか?」
「グレイン? シルヴィ、もしかして」
私が尋ねるとシルヴィは頷いた。
「グレイン侯爵ですか? 何度か話したことがあるだけなので詳しいことはわかりませんが、優秀な風の魔法使いですね。領主としても優れているとお父様から聞きました。領民からも慕われているそうです」
「風の魔法使い……。名前を聞いた時にもしやと思ったのですが、やはりそうでしたか」
「麗奈、それじゃあ」
アルベールさんの髪は薄緑色だった。間違いないだろう。
「それにしてもどうして急にグレイン侯爵のことを?」
「さっき来ていたのがそのグレイン侯爵だったの」
私達が説明するとエルは非常に驚いたようだった。
「なるほど……。今月の半ば頃にグレイン侯爵が城へ来ていましたが、まさかお二人のお店にグレイン侯爵が来ていたとは思いませんでした」
「まあ、偶然だったんだけどね」
「でもよかったのではありませんか? 今の話ではグレイン侯爵に何でも屋の宣伝をお願いしたそうですし、お客さんが増えると思いますよ」
エルは笑いながらそう言った。
「しかし、侯爵様にお店の宣伝なんてお願いしてよかったのでしょうか」
シルヴィが複雑な表情を浮かべる。
「ふふ、良いと思いますよ。皆様が助けたお礼なのですから」
それから私達は夕方まで話し、エルは名残惜しそうにしながら迎えに来たフェルディさんと帰って行った。
「エルは帰りたくなさそうだったね」
結衣がエルの姿を思い出して笑っている。
「折角だから夕食だけでもと思ったんだけど」
「公務があるそうですから仕方ありませんね」




