第40話 大きな依頼
「ただいま帰りました」
「おかえり。随分と遅かったね」
私達も夕食を食べ終え、既に八時を過ぎている。
「どうだった? 楽しかった?」
結衣が尋ねると二人は満面の笑みで頷いた。
「はい! 初日で大変ではありましたが、とても楽しかったです。講義も学者の方々が優しく接してくれたので特に困るようなこともありませんでした」
「友達は出来そう?」
二人がいじめられないか少し心配だ。
「ええ、皆優しい方ばかりで、すぐに仲良くなれそうです」
「エイカデムは高慢な貴族の子供が多く、貴族の生まれでなければいじめられるようなこともあるそうですが、エスコーラには本当に実力ある者しかいませんから、その様な事は基本的にあり得ませんね。皆が互いを認め合っています」
ところどころシルヴィの声が小さくなったのは、自分で少し思う所があったのだろう。
「それなら良かった。明日も今日と同じ時間なの?」
「はい、今朝と同じ時間に馬車が来ることになっています」
「それなら今日は早めに休んだ方が良いね」
「そうですね。そうさせていただきます」
「うん。お休み」
「お休みなさいませ」
二人は頭を下げると部屋から出て行った。
「あの様子だと心配はなさそうだね」
「ええ、話を聞いた限りでは付いていけないということもなさそうですね」
「エスコーラか~、私も一度行ってみたいな」
「今度エルにお願いしてみようか」
「お二人はメルナ達の保護者ですから、いつでも様子を見に行くことが出来ますよ」
シルヴィがそう言うと結衣の表情が輝いた。
「本当!? 麗奈、今度絶対に行こう」
「そうだね。私もエスコーラがどんな所なのか興味があるし。さて、それじゃあ私達もそろそろ寝ようか」
廊下でシルヴィと別れて結衣の部屋へ入った。
「ん? 今日は私の部屋で寝るの?」
「うん、昨日は私の部屋だったからね」
翌朝、エスコーラへ行く二人を見送り、私達もラクスへ向かう。
「今日は沢山依頼が来ると良いね」
「昨日より一つでも多くの依頼が来るように祈りましょう」
「それじゃあ――」
結衣がシルヴィの耳元で囁くと、シルヴィは顔を赤くして俯き、小さくうなずいた。
「せーのっ!」
「何でも屋ラクス、開店!」
「今日もばっちり揃ったね」
結衣が満足げに頷く。メイド達が笑っていた様に感じるのは気のせいだろう。
「あの……もしかして毎朝これをするんですか?」
シルヴィが心底不安と言った顔で結衣に問いかける。
「ん? 勿論だよ!」
当然といった様子の結衣をみてシルヴィは肩を落とした。
「いらっしゃいませ」
二人の様子を見て私が苦笑していると店の扉が開き、二人の女性が入って来た。私達は慌てて姿勢を正す。
「こりゃ凄い店だね」
「私達には少し場違いな気がするわ」
女性達は賑やかに話しながらメイドに案内されて席へ座った。もう一人のメイドが淹れ立てのアンベルを持ってくる。
「本日は何かご依頼ですか?」
私が話しかけると、女性達は話を止めて私の方を向いた。
「あんたかい? 昨日井戸を直したっていうのは」
「はい、そうです」
「聞いてはいたけど、まさか本当に子供だなんてねえ」
「私も信じていなかったわ。魔法で治したのよね? 本当だとしたら凄いわ」
「あの……本日はどのようなご依頼でしょうか」
再び話し始めた女性達におずおずと声をかける。
「あら、ごめんなさいね。実は私達も井戸を直してほしいのよ」
「何でも随分と安く直してくれるそうじゃない」
「井戸の修理ですね。畏まりました」
二人の勢いにのまれないようにして話を進める。
「それでいくらでやってくれるんだい?」
「六十ベレカでいかがでしょうか」
「あら、本当に安いわねえ」
「こんなので本当に儲かるのかねえ」
「あの、六十ベレカでよろしければこちらに依頼内容と報酬、そしてお名前をお願いします」
女性に紙とペンを渡す。
「此処に書けばいいのね」
「私の分は無いのかい? もう一枚おくれ」
「失礼いたしました」
私は慌ててもう一人の女性にも渡す。きっと後ろでは結衣が苦笑しているだろう。横に居るシルヴィは俯き、引きつった顔をなんとか隠そうとしている。
「このペンもまた随分と高そうね」
「ほんと、こんなペン見るのも初めてだわ」
二人から書き終えた紙を受け取り、下に私の名前を書く。
「それでは、いつ頃伺わせていただけばよろしいですか?」
「いつでも良いわよ」
「早い方が助かるねえ」
「畏まりました。今からでも問題ございませんか?」
「ああ、構わないよ」
「問題ないわ」
「畏まりました。シルヴィ」
「はい!? あ、すみません……」
急に呼ばれて、シルヴィは裏返った声で返事をする。
「あはは……。井戸の修理だけど、シルヴィも手伝ってくれるかな?」
「確か、浄化と従地の魔法ですよね。大丈夫です」
「それじゃあシルヴィはこちらの方の井戸をお願い」
「畏まりました」
「結衣は私達が居ない間、お店をお願いね」
「うん、任せて」
「お待たせいたしました。それでは案内をお願いします」
依頼を終えた私とシルヴィは帰り道で偶然会った。
「あ、シルヴィも終わったの?」
「はい。つい先ほど終わりました」
「ふふ、ご苦労様。それにしても開店と同時にお客さんが来るとは思わなかったね」
「とても賑やかな方々でした」
シルヴィは疲れた様子でそう言うと大きなため息をついた。
私達が店へ戻るとカウンターに歳を取った白髪頭の男性が座っていた。
「あ、二人ともお帰り。今丁度お客様が来られたところだよ」
私は急いで男性の向かい側へ座る。
「お待たせして申し訳ございません」
「いやいや気にせんでください」
「これが依頼なんだけど……」
結衣から男性の書いた契約書を受け取る。依頼内容はクノム村の井戸掘りと書かれていた。
「クノム村……。此処から随分と離れていますが……」
契約書を見たシルヴィが怪訝な顔で唸っている。
「そんなに遠いの?」
「ええ、王都リフランから東に馬車で三日はかかります」
「馬車で三日!?」
結衣が驚きの声をあげる。
「あの、どうして私達に依頼をされるのでしょうか」
余程の理由でもない限り、こんなにも離れた場所で井戸掘りなんて頼まないだろう。
「はい、クノム村で井戸を掘ることが決まったのは何年も前のことです。クノム村には昔から井戸が無く、村人達は毎日数時間かけて川へ水を汲みに行っていました。まだ汲みに行くことが出来るときは良いのですが、天気によっては数日の間川へ行くことさえ出来ません。そこで皆で相談して、お金を出し合い、村に井戸を掘ることが決まったのです」
「出なかったのですね……」
シルヴィがそう言うと男性は静かに頷いた。
「いえ、正しくは掘ることが出来なかったのです」
「どういうことですか?」
「どうやらクノム村のある一帯は地下に岩盤の層があるようで、深くまで掘ることが出来ないのです。昔から井戸が無かったのはその所為だったのでしょう。これまで何人もの職人にお願いしたのですが、結局上手くいきませんでした。今では村人も諦めています。ところが昨日のことです。私は今少し用がありましてこのリフランに来ているのですが、その間はこの近くに住んでいる息子の家でお世話になっています。夕方頃に私が息子の家へ帰ると井戸が見違えるようになっていました」
「麗奈、昨日の……」
「ええ。息子に尋ねたところ、最近何でも屋というのが近所に出来たと、そしてそこに井戸替えを依頼したと聞きまして、もしやと思い本日伺わせていただきました」
「なるほどそういうことでしたか」
「いかがでしょうか。何卒依頼を受けていただけませんか」
男性はそう言うと深く頭を下げた。
「あの、頭をあげてください。私達は何でも屋ですから、井戸掘りの依頼もお受けします」
「ほ、本当ですか!」
「ただ、必ず井戸を掘れるとお約束することはできません」
「勿論です。一度見に来て頂くだけでも構いません」
「畏まりました。ただ、何分距離があるようなので今すぐというわけにはいきませんが……」
「承知しております。……それではいかがでしょうか? 二日後のお昼に私は村へ戻る予定なのですが、その時に御同行されては……」
結衣とシルヴィを見る。
「それで良いんじゃないかな」
「私も構わないと思います」
「では、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。おお、報酬の件を忘れておりました。村へ来ていただくのに二ケリル、勿論道中の宿代等もこちらで負担させていただきます。そしてもし井戸が完成したら百五十ケリルを支払わせていただきます。如何でしょうか?」
「百五十ケリル……」
シルヴィの顔が青ざめている。
「そんなに頂くわけには……」
私がそう言うと男性は首を横に振った。
「一度諦めた井戸です。本当に掘っていただけるのであれば安い位です。村で井戸を掘るために貯めたお金ですから、是非とも支払わせてください」
「分かりました」
私は頷く。ここまで言われたら断るわけにもいかない。
「ありがとうございます」
「それではこちらへ記入をお願いします」
男性は私から契約書とペンを受け取ると、報酬と名前を書き加えた。
「ブルノさんですね。明後日、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。お手数をおかけして申し訳ありませんが、当日はお昼頃に息子の家まで来ていただけますか。馬車を呼んであります」
「分かりました」
「それでは、私は失礼させていただきます」
「ありがとうございました」
ブルノさんは何度も頭を下げてから店を出て行った。
「す、凄い依頼が来たね……」
結衣がもう一度契約書を読み返している。
「井戸替えをした意味が本当にありましたね……」
「いや、私もこんなことになるとは予想していなかったよ」




