第39話 最初の依頼
「決まったね」
そう言って誇らしげな顔で頷いている結衣とは対照的に、シルヴィは顔を真っ赤にして俯いている。
「これで後はお客さんが来るのを待つだけだね」
「誰か来てくれるといいね」
「きっと来ると思うよ」
「気長に待ちましょう」
開店から三時間程が経ち、私達は昼食をとることにした。料理をラクスまで運んできてもらい三人で食べる。
「結局、午前中は誰も来なかったね」
「初日ですから仕方ありませんが、一人くらいは来てくれると嬉しいですね」
そう言いながら昼食を食べる二人の顔には少し落胆の色が見える。
「とりあえずお昼からに期待しようか。時間で言えばまだ半分も過ぎていないし――」
私がそこまで言ったところで、お店の扉が開いた。
「い、いらっしゃいませ!」
結衣がまだ食べ物を口の中に残したまま挨拶をする。
「結衣、先に飲み込まないと」
「う、うん」
「ごめん、食器を片付けてくれるかな」
メイドが食べかけの食器を片付けていく。
「いらっしゃいませ」
もう一人のメイドがお客さんを中へ入れる。
「お、おう。その、なんだ……ここは俺みたいなのが来ても良いのかい?」
入ってきたのは顎鬚を生やしたがっしりとした体格の中年の男性だった。男性は居心地が悪そうに店内を見回している。
「いらっしゃいませ。勿論でございます」
私は慌ててカウンターの外へ出ると男性に頭を下げた。
「おや、なんだい。ここは嬢ちゃんみたいな子供がやってるのか」
私が出てきたのを見て男性が驚きの表情を浮かべる。
「はい。私がこの店の主人でございます」
「不思議なこともあるもんだ。それで、ここはどんな仕事でも引き受けてくれるって聞いたんだが……」
「あ、はい。こちらへどうぞ」
男性を席へと案内する。
「何か飲み物を」
「畏まりました」
メイドは一礼すると給湯室へ入っていった。私はカウンターの中へ入り、男性の向かいへ座る。少しするとメイドがアンベルを持ってきた。男性は申し訳なさそうにアンベルを受け取ると、少し緊張した様子で口をつけた。
「早速ですがどのような御依頼でしょうか?」
私が尋ねると男性は頭を掻きながら話し始めた。
「ああ、それなんだが、とんでもねえ家が最近出来たって噂になっててよお、そんで聞いてみれば何でも屋とかいう聞いたこともねえ店だってことで、一遍見て来いって言われたんだよ」
「なるほど、そういうことでしたか。それでしたら特に依頼というのはございませんか?」
心の中で少し残念に思いながら私は男性に尋ねた。
「いんや、折角来たんで何にも依頼せんっちゅうのも悪いだろうと思ってな、大したお願いじゃねえが聞いてくれるか?」
男性がそう言った後、私がチラッと横を見ると二人とも嬉しそうに微笑んでいた。
「勿論でございます。どのような御依頼でしょうか」
はやる気持ちを抑えて尋ねる。
「お願いってのは俺ん家のことなんだけどよ、そろそろ井戸替えの時期でさ、良かったらそいつをお願い出来んかな」
「井戸替えですか。畏まりました。少々お待ち下さい」
男性に少し待ってもらい、奥でシルヴィに相談する。
「良かったね、麗奈。依頼が来て」
「麗奈様、井戸替えなんて依頼を本当にお受けになるつもりですか?」
「うん、そのつもりだよ。何でも屋なんだから断るわけにはいかないよ」
「確かにそれはそうですが……」
シルヴィは何処か納得のいかない様子で唸っている。
「そう言えば井戸替えって一体何なの?」
結衣が顎に手を当てて尋ねた。
「井戸替えは簡単に言うと井戸の掃除ですね。水を全部汲みだしてから井戸の中を掃除するのです。麗奈様がするような仕事ではないと思うのですが……」
「そうなんだ……随分と大変そうな仕事だね。本当に引き受けるの?」
「うん。最初の間はどんな依頼でも受けて知名度を上げていかないと」
「そうですね……すみませんでした」
シルヴィは少し落ち込んだ様子で私に謝った。
「シルヴィの言いたいことも分かるから気にしないで。それで、シルヴィに聞きたいんだけど」
「何でしょうか?」
「うん、井戸替えは普通だとどれくらいのお金がかかるのかな?」
「そうですね……井戸の大きさや深さにもよりますが、大抵の場合は一ケリル位でしょうか」
「一ケリルか……うん、ありがとう」
私は紙とペンを持って男性の居る席へ戻る。
「お待たせして申し訳ございません。今回の依頼に対する報酬についてですが――」
私がそこまで言うと、男性は心配そうな顔で尋ねてきた。
「ああ、それなんだが、俺ん家はあまり金が無くてよ、そんなに高い金は出せないんだが……」
「そうですね……六十ベレカでいかがでしょうか?」
私がそう言うと男性は呆気にとられた顔をする。
「ほ、本当に六十ベレカで良いのかい?」
「はい。いかがでしょうか」
「それは願ってもないことだ。本当なら是非ともお願いしたいね」
「それではこちらに依頼内容と報酬、そしてお客様のお名前を書いて頂けますか」
紙とペンを男性に渡して契約書を書いてもらう。
「この後すぐに伺わせていただいてよろしいですか?」
「ああ、いつでも大丈夫だ」
「結衣、シルヴィ、私が井戸替えに行ってる間、お店をお願い」
「任せて」
「はい。お任せください」
「それじゃあ行ってくるね」
男性から受け取った契約書に私の名前を書いてからポケットに入れる。
「それでは、ご自宅まで案内していただけますか」
店を出て三十分程歩き、居住区に入ってすぐの所で男性が立ち止まった。
「此処が俺ん家だ。お願いしたい井戸って言うのはそれのことなんだけどよ」
そう言って男性が指す方を見ると、大人一人が何とか入れるくらいの井戸があった。掘られてからかなり経つのだろう。相当傷んでいるのが一目で分かる。
「こちらの井戸ですね」
近づいて中を覗き込むと底が見えない程深い。
「ああ。それじゃあ悪いが、俺はちょっと用事があるから、終わったら言ってくれ」
「畏まりました」
「おう、よろしく頼む」
男性はそう言うと家の中へ入って行った。
「ねえリニアス」
「何でしょうか?」
「何か役に立ちそうな魔法はあるのかな?」
リニアスに掃除に使えそうな魔法がないか尋ねる。
「そうですね……浄化の魔法が良いと思います」
「浄化の魔法?」
「はい。名前の通りですが、一言で言うなら綺麗にする魔法ですね」
「ふふ、うってつけの魔法だね。なんて詠唱すればいいの?」
「とても簡単な魔法です。ただ、その割には魔力の消耗が激しいので気をつけてくださいね。麗奈には余計なお世話かもしれませんが……」
「あはは……」
「えっと、井戸の底を指さしてください」
「これで良いの?」
右手の人差し指を井戸の底へ向ける。
「はい。後は指先に魔力を集めるように念じながら、清浄なる水の精よ、我が魔力を以て浄化せよ、と詠唱してください」
「本当に簡単な魔法なんだね」
『清浄なる水の精よ、我が魔力を以て浄化せよ』
詠唱した瞬間指先から一滴の光が落ちる。井戸の奥から水滴の落ちる小さな音が聞こえ、井戸の底が一瞬だけ光を放った。
「これで終わり?」
「はい。これだけの魔力ですから完璧に浄化されている筈です」
「そ、そう……」
あまりにも簡単に依頼が終わってしまったので、少し拍子抜けしてしまった。
「あ、折角ですから井戸も綺麗にしておきますか?」
「出来るの?」
「はい。私に続いて詠唱してください。大地の精よ、我が意に従え」
『大地の精よ、我が意に従え』
「あれ、何も変わってないけど?」
「ええ、今使ったのは従地の魔法ですから、井筒の周りを土が薄く覆うように念じてください」
「なるほど――うん! 完璧だね」
風化していた井筒も出来たばかりのように綺麗になった。抜かりがないか確認してから男性を呼びに行く。扉をノックして少しすると男性が出てきた。
「おう、何かあったのかい?」
「井戸替えが終わりました」
「ばかな、そんなに早く終わるわけがあるか」
私がそう言うと男性は驚いた顔で井戸へ走っていく。
「こりゃあたまげた……」
男性は見違えるようになった井戸を見て声を失っている。
「いかがでしょうか」
「嬢ちゃんは一体何をしたんだい。まるで今掘ったみたいになってるじゃないか」
「えっと……魔法を使わせていただきました」
私がそう言うと男性は一瞬驚きの表情を浮かべた後、納得したように頷いた。
「なるほど。嬢ちゃんは魔法使いだったのか。それにしてもこんな魔法を見たのは初めてだ。まさかこんなに綺麗にしてくれるなんてな、ありがとよ。ちょっと待っててくれ」
男性は家に入ると小さな革袋を持ってきた。
「約束の六十ベレカだ。それにしても本当に良いのかい? 何ならもっと追加で――」
「いえ、ありがとうございます」
男性から銀貨の入った革袋を受け取る。
「そうかい。それじゃあ、また何かあったらお願いするよ」
「はい。また是非ともよろしくお願いします」
「おう、本当にあんがとな」
「ただいま」
「あっ麗奈、早かったね」
「おかえりなさいませ」
私がラクスへ帰ると二人は暇そうに椅子に座っていた。
「どうだった?」
「うん。喜んでもらえたよ」
「それにしても本当に早く終わったのですね」
「魔法で何とかなったからね」
「あ、魔法使ったんだ」
「うん。おかげで楽に終わったよ。二人はどうだった? 私が居ない間、お客さんは来た?」
「ううん、残念だけど誰も」
そう言って結衣は首を横に振る。
「まあ、そんな簡単に依頼は来ないよね」
それから後は結局誰も来ず、私達は簡単に店の掃除を済ませてからお風呂に入ることにした。その後夕食を食べ終えてリビングでのんびりとしていると、メルナとカレルが帰って来た。




