第37話 シルヴィア先生
気合を入れてお店の準備をしに行ったものの、特にすることも無かった私達がリビングへ戻ると、丁度シルヴィの本棚が届いた。
「こうして見るとやっぱり大きいね」
部屋へ運び込んだ本棚はシルヴィが家から持ってきた物と比べて頭一つ飛び出ている。
「入りきらない本が沢山ありましたから嬉しいです」
シルヴィは部屋の隅に積まれている本を早速入れていく。
「私達も手伝うよ」
「あ、私がやりますので置いておいていただけますか」
結衣が本を手に取るとシルヴィに制止された。
「ごめんね」
「あ……すみません」
「気にしないで。自分の整理の仕方があるもんね」
「はい……自分で入れないと何処にあるのか分からなくなってしまうので……」
「それじゃあ何か手伝えることがあったら言ってね」
「はい、ありがとうございます」
それからシルヴィは黙々と本を片付けていった。結局、私と結衣が横で雑談している間に全ての本は片付けられた。
「お疲れ様。ねえシルヴィ、一つ気になったんだけど」
「何でしょうか?」
「向こうの本棚の一番上に入っている本は何の本なの?どれも背表紙が真っ白だけど」
私が尋ねるとシルヴィの顔が一気に赤くなった。
「その……えっと……日記です……」
消え入りそうな声で俯きながらシルヴィはそう言った。
「あ、日記なんだ。大丈夫、見ないから安心して」
結衣が笑いながらそう言うとシルヴィはホッとした様子で顔を上げた。
「いつ頃から書いてるの? 相当な数があるけど」
大きな本棚の一番上の段がすべて埋まっている。
「私が六歳の頃からですね」
「それじゃあ六年間ずっと書いてるの?」
「いえ、もう一年以上書いていません」
「あ、そうなんだ……。何か理由はあるの?」
「特別な理由があるわけではありませんよ。家を空けることが多くなったので書けなくなっただけです」
おずおずと尋ねる結衣を見て笑いながらシルヴィは答えた。
「さて、どうしようか? まだ夕食までは時間があるけど」
「お店の準備も特にする事は無かったしね」
結衣はそう言って苦笑している。
「お風呂にもまだ早いよね」
「うーん……あ、そうだ」
結衣が手をポンと叩いた。
「何か思いついたの?」
「うん。シルヴィにお願いがあるんだけど」
「私にですか? 何でしょうか」
「良かったら私に魔法を教えてくれないかな? 私も魔法使いらしいけど、まだほとんど魔法が使えないから」
結衣は青色の髪を手で弄っている。
「そんなことでしたらいつでも構いませんよ」
「ほんとっ? ありがとう! なんだか前も言った気がするけど、私の周りには劣等感を抱かせてくれる人が多くて……。誰とは言わないけどね。せめて魔法くらいはある程度使えるようになりたいなと思ってるの」
結衣の言葉に私はどんな表情をして良いか分からず、とりあえず微笑んでおいた。
「えっと……それでは庭へ出ましょうか。室内で魔法を使うわけにもいきませんので」
そう言ってシルヴィは立ちあがると本棚から一冊の本を取って部屋を出た。
「おや、皆様どうされましたか?」
私達が庭へ出るとヴァルドが花へ水をあげていた。
「これからシルヴィに魔法を教えてもらうことになったんだよ」
「そうでしたか。よろしければ私も拝観させていただいてもよろしいですか?」
「うん、勿論良いよ」
「ありがとうございます」
ヴァルドは手に持っていた桶を片付けると私達から少し離れた。
「それでは先生、よろしくお願いします!」
「や、やめてください。先生なんて……」
結衣が頭を下げるとシルヴィは慌てて頭を上げさせた。
「えへへ、そういえばシルヴィ、その本は何なの?」
結衣がシルヴィの手にある紺色の本を指さす。
「あ、これは様々な魔法が載っている本です。中でも水属性の魔法について載っている物を持ってきました」
「水属性魔法辞典みたいなものかな?」
「そうですね。そう考えていただいて問題ありません」
「よし、頑張るよ!」
「それでは早速始めましょうか。基礎から順に練習していきましょう。呼水の魔法は使えるんですよね」
「呼水?」
「水を出す魔法です」
「あ、うん。それなら使えるよ」
「では水を出してみてください」
「分かった」
『水よ!』
結衣が両手を前へ突き出して詠唱すると空中に水の球が現れた。水の球は前回見た時よりも大きくなっている気がする。
「そのままじっとしていてくださいね」
そう言ってシルヴィは結衣の横に立つと、結衣の額へ手を当てた。
「今の結衣様は魔力に無駄があります。そうですね……分かりやすく言うなら全身から魔力が漏れ出ています」
「そ、そうなんだ……」
シルヴィの言葉に結衣は驚いている。
「これから私が魔力を閉じ込めていきますからその感覚を覚えてくださいね」
「う、うん」
シルヴィは結衣の額に手をあてたまま数秒間目を閉じた後、その手を離した。
「今の感覚です」
「どう結衣? 分かった?」
「なんとなくだけど」
「それではやってみてください」
そう言ってシルヴィは再び結衣の額に手を当てた。結衣が目を閉じる。
「そのままの状態でもう一度呼水の魔法を使ってみてください」
「うん」
『水よ!』
「結衣様、目を開いてみてください」
シルヴィに言われて結衣がゆっくりと目を開く。
「す、凄い……」
結衣が驚愕している。結衣が呼水の魔法を使った瞬間、浮かんでいた水の球が何倍にも膨れ上がった。
「その感覚のまま、従水の魔法を使ってください」
「えっと……」
『今、此処に有りし水よ、我が意に従え!』
『土壁』
シルヴィが詠唱すると少し離れた場所に土で出来た壁が現れた。
「あの壁に向かって水を飛ばしてみてください」
「よし、こうかな?」
結衣が右手を素早く振り下ろした。水の球は一瞬にして土の壁にぶつかると強烈な音と共に弾け散った。結衣は信じられないといった様子で目を見開いている。
「結衣、凄いじゃない!」
「う、うん。なんだか夢みたいだけど……」
「今の感覚はどんな魔法を使う時でも大切です。その感覚を忘れないでくださいね」
「ありがとう、シルヴィ!」
「ゆ、結衣様……」
シルヴィは結衣に抱きつかれて苦しそうにしている。
「あ、ごめんね。でも本当にありがとう。シルヴィのおかげだよ」
「いえ、私は少し手助けをしただけです。結衣様に素質があったからですよ」
「えへへ……」
結衣は満更でもなさそうに照れている。
「では最後に氷固の魔法を使ってみましょう」
シルヴィが本のページをめくりながら言う。
「氷固?」
「はい、基本的な水属性の魔法の一つです。呼水の魔法で水を出していただけますか?」
「私もやってみていいかな?」
「はい、勿論です」
『水よ!』
『水よ』
私と結衣の前に水の球が現れる。
「では、その水が中心から凍っていく様子をしっかりと思い浮かべながら、凍てつけ、と詠唱してください」
『凍てつけ!』
『凍てつけ』
宙に浮かんでいた水の球が一瞬にして氷の塊へ変わる。
「そのままにしていてくださいね」
『炎よ』
シルヴィアが手のひらに出した炎を私達の氷へ当てる。
「はい、大丈夫ですね」
私達の氷が溶けなかったことを確認してシルヴィは炎を消した。
「麗奈、この氷どうしようか?」
「うーん……庭に置いておけば溶けると思うけど」
「ふふ、お二人程の魔力で作った氷ですから一晩はありますよ」
「皆様の魔力は素晴らしいですね」
ヴァルドが近付いてくる。
「ありがとう。そう言えばヴァルドは魔法使えるの?」
「ええ、皆様程ではありませんが風属性の魔法であれば多少は使うことが出来ます」
「風の魔法って言うと風で何かを切ったりするやつだよね」
「はい」
『吹き荒べ烈風』
「このような魔法にございます」
ヴァルドが軽く手を振ると葉っぱが一枚木から落ちた。
「フェルディさんも今の魔法を使っていたよね」
「今の魔法は風属性の基本的な魔法ですね。私は苦手な属性なので上手く扱うことはできませんが」
「私は得意属性が水だから風属性の魔法も使えるよね」
「はい、火属性の魔法以外であれば使えます」
「なら今度ヴァルドに教えてもらおうかな」
「私でよろしければ」
「うん、またお願いするよ」
「畏まりました」
「さて、今からお風呂に入れば丁度夕食の時間じゃないかな」
「そうだね。後一時間位かな」
結衣が時円を見て言う。
「お風呂にお湯を入れないとね」
「麗奈、よろしくね」
「ふふ、任せて」
私達は浴槽にお湯を入れるために浴室へと向かった。




