第36話 準備
「おはようございます。シルヴィア様がお帰りになりました」
「おはよう。わかった、すぐに行くよ」
リビングで少し眠っていた私はメイドのノックで目を覚ました。膝の上で寝ている結衣を起こす。
「あ、麗奈おはよう」
「おはよう、シルヴィが帰ってきたよ」
「もうそんな時間なんだ」
「よく寝てたね。今は多分荷物を運び入れてるところだと思うよ」
私と結衣がエントランスへ行くと丁度フェルディさんと近衛隊の男性が本棚を運んでいた。
「おかえり、シルヴィ」
「あ、麗奈様。ただいま戻りました。結衣様はお休みだったのですね」
そう言ってシルヴィは笑みを浮かべる。
「えっ、どうして分かったの?」
「いえ、いかにも寝ていましたという顔ですから」
シルヴィに言われて結衣は顔を擦る。
「だ、大丈夫かな?」
「ふふ、いつもどおり可愛いよ。それにしても凄い荷物だね」
「ほとんどは本ですけどね」
「これでよろしいですか?」
最後の箱を運び終えてフェルディさんがシルヴィに尋ねた。
「はい、ありがとうございます。すみません、何から何まで手伝っていただいて」
『生命の源、水を司る精よ、我が手に癒しの力を与えよ』
シルヴィがフェルディさん達に癒しの魔法を使う。
「ありがとうございます。私も使えたら良いのですが」
「フェルディさんは使えないのですか?」
「そうですね、私が使うには少し高度な魔法です。さて、それでは私達はこれで失礼します」
「ありがとうございました」
フェルディさん達が見えなくなるまで見送ってから私達は家に入った。
「終わったね。どう、疲れた?」
シルヴィの部屋を片付けた後、アンベルを淹れてもらい、リビングで一息つく。
「そうですね、馬車で往復六時間は少し疲れました」
「ふふ、お疲れ様。それでどうかな? 家具とかで足りないものはある?」
「ほとんど揃っているのですが、本棚に入りきらない本があるので、本棚がもう一つあれば嬉しいです」
「また本棚か~」
結衣が笑う。
「また、というのは」
「うん、実は今日の朝にメイド達の買い物は済ませたんだけど、その時にヴァルドも本棚を買ったんだよ」
「なるほど、そうでしたか」
「まあ、そういうことなら本棚を買いに行かないといけないね。どうする? お昼には少し早いから今から行く?」
「そうですね」
「それじゃあ 行こうか」
「おや、お出かけですか」
「うん。あ、そうだヴァルド。この辺りに家具屋さんは無いかな? 本棚を買いに行くだけなんだけど」
「それでしたら西へ少し歩いたところに一軒ございます」
「ありがとう。それじゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
ヴァルドに見送られて家を出て私達が三分程歩くと一軒の家具屋さんがあった。
「多分ここだね。少し小さいお店だけどシルヴィが気に入るのはあるかな?」
「そうですね――あっ、あれが良いです」
シルヴィが指差したのは今朝ヴァルドが買ったものよりも更に大きな本棚だった。
「随分と大きいね」
店の中にある商品の中でも特に大きなその本棚に結衣が驚く。
「本棚が大きくて困る事はありませんので」
「あの本棚だね――すみません」
「はい、何か御用ですか」
「この本棚を頂けますか」
「こちらの本棚ですね。ありがとうございます。八ケリルになります」
「八ケリル!? あ、あの麗奈様やっぱり――」
値段を聞いたシルヴィが驚いている。
「いいのいいの」
シルヴィの言葉を無視して私は金貨を渡す。
「ありがとうございました」
「あの、この本棚を家まで運んでいただけますか」
「畏まりました。どちらまでお運びいたしましょう」
「えっと、店を出て東に見える最近出来た家なんですが」
「ああ、あの屋敷ですね。畏まりました。よろしければ本日お届けいたしますが」
「本当ですか。是非ともお願いします」
「それでは後ほど伺わせていただきます」
「よろしくお願いします」
「すぐに決まったね」
「あ、あの……本当によろしいのですか。あんなに高価な本棚を」
「気にしないで。それに折角シルヴィが気に入ったんだから」
「ありがとうございます」
「あ、見て麗奈」
お店を出た私達が家に向かって歩いていると結衣が足を止めた。
「凄い馬車の数だね。家具が届いたのかな」
「沢山買われたのですね……」
私達が急いで帰ると周りに小さな人だかりが出来ていた。
「麗奈様、おかえりなさいませ」
「家具が届いたんだね」
「はい、今運び入れているところにございます」
大勢の男性が家を出たり入ったりしている。
「ヴァルド、悪いけど此処は任せていいかな」
「はい、お任せください」
「ありがとう」
家具の運び入れをヴァルドに任せて私達はリビングに入った。
「それにしても凄い数だったね」
「まあ皆の分だから……。あれほど馬車が並ぶとは思っていなかったけどね」
「人だかりが出来ていましたね……」
「家に入る時少し恥ずかしかったよ」
コンコン
「失礼します」
私達が話していると扉がノックされ、メルナとカレルが入って来た。
「ん、二人ともどうしたの?」
「明日からのことなのですが」
「明日というとエスコーラ?」
「はい。あの、今は私達がメイド長をさせていただいていますが、私達が居ない間はどうすればよろしいでしょうか?」
「そういえばそうだね。誰か二人が不在の間、取り仕切ってくれる人はいないかな? いるならその人に代わってもらえば良いと思うよ」
「分かりました。それではお願いしてみます」
「うん。あ、ちょっと待って」
部屋を出ようとした二人を呼びとめる。
「何でしょうか」
「今丁度シルヴィが居るから、エスコーラに必要な物とかあれば聞いておこうと思って」
「エスコーラに必要なものですか。そうですね……特に準備しなければいけない様なものはありませんが、ペンは良いものがあった方が良いですね。勿論用意されてはいますが、書きやすいものがあった方が良いと思います」
「あ、そうなんだ。ペンって言うと羽根ペンだよね?」
「はい、エスコーラでは文字を書くことが多いので、ペンは良いものが欲しいですね」
「二人は持ってる?」
「いえ、持っていません」
「私もペンは持っていますがそれほど良いものでは……」
「それなら買いに行こうか」
「うん、それが良いね」
「いえ、そんな……」
「遠慮しないの。昼食を食べたら行くから準備しておいてね」
「か、畏まりました」
二人は頭を下げると部屋を出て行った。
「そういえば、麗奈」
「どうしたの?」
「お店に必要な物も買いに行かないといけないよね」
「あーそうだね。何でも屋だから必要な物はそれほどないと思うけど、ペンを買いに行くときに一緒に買おうか」
「やっぱり文房具関係だよね」
「そんなところかな――何か必要なものとかある? シルヴィ」
「特に必要な物というのは無いと思います」
「まあ、何かあれば気がついたときに買うしかないかな」
それから暫く、明日から開店する何でも屋について相談した後、広間で昼食を食べた。
「お待たせしました」
「それじゃあ行こうか」
メルナとカレルの準備が出来るのを待って、私達は家の斜め前にあった文具を扱っているお店へ行くことにした。
「いらっしゃいませ」
私達がお店に入ると中には多種多様な羽ペンがずらりと並んでいた。
「うーん……どの羽根ペンが良いのかさっぱりだよ」
結衣が羽根ペンを手にとっては首を傾げている。
「シルヴィ、どの羽根ペンが良いのかな?」
メルナとカレルの二人も悩んでいたのでシルヴィに尋ねた。
「ペンで最も良いとされているのはゴーセという鳥の羽根で作られた物ですね」
「どれがゴーセの羽根ペンなの?」
「いえ、此処には無いようです」
「そうなんだ……」
「お客様、ゴーセの羽根ペンをお求めですか?」
「あ、はい。そうです」
突然声を掛けられて結衣が驚く。
「少々お待ち下さい」
女性は店の奥から木箱を五つ取り出してきた。
「ゴーセの羽根ペンはこちらの五本しかございませんが、いかがでしょうか」
「シルヴィ、どうかな?」
私が尋ねるとシルヴィは一本一本確かめるように手に取っていく。
「そうですね。どれも良さそうです。大きな差はありません」
「それなら――そういえばシルヴィは持ってるの?」
「いえ、私が持っているのはガンデラの羽根ペンです。ゴーセは高くて買えませんでした」
「ガンデラ?」
「ええ、同じ種類の鳥ではあるのですが、羽根の質はゴーセの方が良いとされています」
「そうなんだ……。すみません、五本でおいくらでしょうか」
「もしかして五本とも買われるのですか!? 一本三ケリルになりますが……」
「あ、後紙を百枚とインクも五つお願いします」
「あ……ありがとうございます。全部で十五ケリルと七十ベレカになります」
お金を渡して商品を受け取る。
「それじゃあ目当ての物も見つかったし帰ろうか」
「それじゃあ、はいこれ」
帰って来てすぐリビングで買ってきたばかりのペンとインクを渡す。
「本当によろしいのですか」
「うん。二人とも頑張ってね」
「ありがとうございます!」
「あ、これはシルヴィの分ね」
そう言ってシルヴィにも木箱を渡す。
「え? 私もですか?」
「うん、折角だから皆の分と思って」
「あ、ありがとうございます。大切に使います」
「それでこれが結衣のだね」
「ありがとう。明日からがんばらないとね」
「そうだね。うまくいくと良いけど」
「大丈夫、きっとお客さん来てくれるよ」
「それなの」
「それって?」
「お客さんが来てくれるかどうか。何か宣伝する方法があれば良いんだけど……」
「宣伝でしたら良い方法がありますよ」
私が悩んでいるとシルヴィが口を開いた。
「本当に?」
「はい。この家は辺りで既に噂になっています。ですから、何でも屋をしているということさえ知ってもらうことが出来れば、珍しいお店ですし、お客さんは来ると思います」
「確かに噂にはなっていたね。問題はどうやって何でも屋を知ってもらうか……」
結衣が顎に手を当てて唸っている。
「それはお二人に協力してもらえば簡単だと思います」
「私達ですか?」
メルナとカレルが首を傾げる。
「ええ、お二人やメイド達が買い物へ行く際にそれとなく何でも屋のことを話していただければ、後は自然と広まるはずです」
「なるほど。所謂口コミってやつだね」
「うん。それは良いかもしれないね。二人ともお願いできるかな?」
「勿論です。今日もこれから夕食の材料を買いに行きますのでその時に話してみます」
二人は力強く頷いた。
「ありがとう。それじゃあお願いできるかな」
「メイドの皆にも協力してもらいますね」
「うん、お願い」
「それでは遅くならない間に買い物へ行ってきますね」
そう言うと二人はリビングを出て行った。
「よし! そうと決まれば私達はお店の準備をしようか」
「なんだかやる気が出てきたね」
「頑張りましょう」
私達はリビングを出てお店のスペースへ向かう。
「うーん……意気込んで来たものの、特にすることは無さそうだね」
結衣の言葉に私は乾いた笑いを漏らす。
ラクスのスペースは既に掃除もされていて、私達が机の上にペンとインク、そして紙を置いただけで準備は終わってしまった。
「とりあえず戻ろうか……」
私達は意気消沈してリビングへと戻った。




