第34話 早朝
コンコン
朝、私はノックの音で目を覚ました。横を見ると結衣がシルヴィを抱き枕にしている。
「失礼いたします」
扉が開き、メイドが入ってきた。音をたてないようにしてゆっくりとベッドへ歩いてくる。
「おはよう」
「おはようございます、麗奈様。レヴァルド様の命でお越しに参りましたが、必要ございませんでしたか」
「ううん、ノックで起きたから。ありがとう」
「いえ、朝食の用意はできております」
「二人を起こしたら降りるよ」
「畏まりました。失礼いたします」
メイドは頭を下げると入ってきた時と同様に静かに部屋を出て行った。私は隣で寝ている、幸せそうな顔の結衣と少し苦しげな顔のシルヴィを起こすことにした。
「二人とも起きて。朝だよ」
声をかけながら二人の身体を揺すると、結衣がゆっくりと目を開けた。
「ん……おはよう、麗奈」
目を擦りながら身体を起こす。
「おはよう、結衣。よく眠れた?」
「うん、ぐっすりだよ」
「シルヴィも起きて。間に合わなくなるよ」
「う……ん」
シルヴィは少し目を開くとすぐに閉じてしまった。私はシルヴィの肩を持って強く揺さぶる。
「うーん……お、おはようございます……」
何とか目を覚ましたシルヴィの身体を無理やり起こす。
「す、すみません……朝は弱くて……」
シルヴィの意識は未だはっきりとせず、すぐにまた寝てしまいそうだ。血圧が低いのかもしれない。
「ほら、シルヴィ服を着て準備しないと」
私と結衣はベッドから出て服を着る。
「服……ですか? あっ!」
シルヴィはハッとした表情をすると文字通り飛び起きた。
「あ……」
「大丈夫!?」
突然倒れて床に手をついたシルヴィに結衣が駆け寄る。
「だ、大丈夫です。少しフラッとしただけで……」
「急に起き上がったらだめだよ」
結衣がシルヴィを抱き起こす。
「すみません。ご迷惑をおかけして……。もう大丈夫です」
そう言ってシルヴィはゆっくりと立ち上がり服を着る。
「気分が悪くなったら言ってね」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、とりあえず下りようか」
「おはようございます」
私たちが広間へ入ると朝食の良い匂いがしていた。
「おはよう、皆早いね」
皆忙しそうに動いている。
「主より遅く起きるわけには参りません」
席に座るとヴァルドが飲み物を注いでくれる。
「もしかしてお酒?」
結衣がグラスに注がれた紫色の液体を見て尋ねる。
「いえ、葡萄の絞り汁にございます」
「あ、ジュースなんだ。安心したよ」
お酒ではないと分かった結衣は嬉しそうにグラスを口へ運ぶ。すぐに空にした結衣が再び注いで貰っていると朝食が運ばれてきた。
「わあ、おいしそうだね」
「ありがとうございます」
シチューのような白いスープから食欲をそそる匂いが立ち上っている。広間に入った時に嗅いだ匂いのもとはこれだろう。
「やっぱりシチューと似てるね」
一口飲んだ結衣は直ぐに二口目を口に運ぶ。
「そんなに急いで食べなくても」
「おいしい物は直ぐに食べないといけないからね」
「ふふ、逃げはしないと思うけど」
私と結衣がスープを飲み終える頃、椅子に座ってから焦点の定まっていなかったシルヴィがようやく動き始めた。
「おはよう、シルヴィ。随分とかかったね」
「おはようございます。すみません、朝はいつもこうなんです」
「ボーっとしているシルヴィ、可愛かったよ」
「か、可愛いなんて……」
私が微笑むとシルヴィはあたふたしている。
「それはそうと、あまりゆっくりしているとフェルディさんが来ちゃうよ」
「そうですね。少し急ぎます」
シルヴィは急いで朝食を片付けていく。
コンコン
「何とか間に合ったね」
シルヴィが丁度朝食を食べ終えたところで扉がノックされる音が聞こえた。シルヴィと玄関へ出る。
「おはようございます。お迎えに参りました。準備はよろしいですか?」
扉を開くといつもより一回り大きな馬車が停まっていた。おそらく荷馬車であろうそれには、簡単な屋根は付いているが人が座る席等は見られない。扉の前で挨拶をするフェルディさんとは別にもう一人、御者台には知らない人が座っている。近衛隊の人だろうか。
「おはようございます。はい、いつでも大丈夫です」
「それでは、早速ですが参りましょうか。出来る限り早い方が良いでしょうから」
そう言ってフェルディさんは馬車に乗り込んだ。
「お願いします。麗奈様、結衣様、慌ただしくてすみません。行って参ります」
「うん、行ってらっしゃい」
馬車に乗ったフェルディさんがシルヴィを荷台に抱き上げる。
「フェルディさん、よろしくお願いします」
「お任せください。おい、出してくれ」
「はっ」
男性が手綱で合図を送ると馬車は土煙を上げて走って行く。見えなくなるまで見送ってから私達は家に入った。
「今からだとお昼過ぎには戻ってきそうだね」
「それまでどうするの?」
「どうしようか。シルヴィが戻ってから買い物へ行こうと思っていたけど、メイド達の買い物だけ先に済ませてしまおうか」
十五人分の家具となれば買い物だけでも相当時間がかかるはずだ。
「それが良いかも知れないね」
「聞いてみようか。あ、メルナとカレルが今どこに居るか知ってる?」
丁度階段を掃除していたメイドに尋ねる。
「メイド長達でしたらまだキッチンに居らっしゃると思います」
「ありがとう」
私達はキッチンへ向かう。
「あ、いたいた。カレル、ちょっといいかな」
「麗奈様に結衣様、どうかされましたか?」
私達がキッチンに入ると両手に大きな桶を持ったカレルが裏口から出ようとしていた。
「メイド達の買い物、午前中に行こうかと思うんだけど、どうかな?」
「よろしいと思います。急ぎの仕事もございませんから」
「それなら皆に伝えておいてくれるかな」
「畏まりました。朝食の片付けだけ先に終わらせてしまっても構いませんか? すぐに終わりますので」
「うん、急がなくて良いよ。それなら一時間後に行こうか」
「畏まりました。それでは失礼いたします」
「あ、カレル」
キッチンを出ようとしたカレルを結衣が呼びとめた。
「どうかされましたか」
「その桶どうするの?」
「これから井戸へ水を汲みに行きます」
「えっ! そんなに大きな桶で二つも!?」
「はい、食器を洗うのに必要ですから。姉も今汲みに行っています」
「あ、メルナ」
カレルが話していると丁度メルナが戻って来た。少し足元がふらついている。
「これは麗奈様に結衣様、どうされましたか」
「あ、ううん午前中に買い物へ行くことになったからそれを伝えに」
「そうでしたか。畏まりました」
「メルナ、その桶重くないの?」
「少し重いですが、必要なので」
「魔法で水は出せないの?」
「私達の魔力で出せる水では足りませんので」
「なんだ、それなら言ってくれればいいのに」
「いえ、御二方の手を煩わせるわけには参りません」
「気にしなくて良いよ。カレル、その桶こっちに持ってきてくれる?」
「は、はい」
カレルが持ってきた桶に手をかざす。
『水よ』
詠唱するとすぐに桶は水で満たされた。
「こっちの桶も?」
キッチンの端に空の桶が並んでいる。
「そうですが、あの私達が汲みに行きますので」
『水よ』
メルナが言い終わらない内に残りの桶にも水を入れる。
「あ、ありがとうございます。申し訳ございません」
「いいのいいの。必要な時は遠慮なく言ってね。あ、命令だからね」
「畏まりました。ありがとうございます」
「うん。それじゃあ後でね」
キッチンを出た私達は、部屋で買い物のリストを作ることにした。




