第33話 新居最初の夜
「ねえメルナ、夕食までどれくらいかかりそう?」
キッチンでメイド達と夕食の準備をしているメルナへ尋ねる。
「お待たせして申し訳ございません。後一時間程かかると思います」
メルナは申し訳なさそうな顔で私に謝る。
「あ、ううん、そういう意味で言ったんじゃないから気にしないで。一時間程かかるならその間にお風呂入ってくるね」
「分かりました。ごゆっくりと疲れを癒してください」
「ありがとう。それじゃあお風呂にしようか」
「うん、着替えの用意をしないとね。リュックは広間だっけ?」
「確かそうだったと思うよ」
「あの……麗奈様、いつまで私を、その……おんぶされるのですか?」
シルヴィが顔を真っ赤にしている。
「うーん、いつまでだろう?」
「その、私はもう大丈夫ですから……」
「ふふ、下ろすね」
私はそういうと顔を赤くさせたままのシルヴィを降ろす。
「あ、ありがとうございました」
「さて、それじゃあお風呂に入ろうか。シルヴィの着替えはあるの?」
「えっと……も、もしかして、私も一緒に入るのですか!?」
シルヴィの顔が更に赤くなった。
「ん、一緒に入らないの? ……もしかして嫌だったかな?」
「いえ、そういうわけではありませんが……着替えは先程マントと一緒に購入させていただきましたので、広間の隅に置いてあります」
「それなら問題ないね」
広間でリュックから着替えを取り出して浴室へと向かった。シルヴィも買ったばかりの服を持っている。
「ふふ、先に入ってるね」
私と結衣がすぐに服を脱いだのに対して、シルヴィは顔を赤くさせたまま、まだ一枚も脱いでいない。
「あ、はい。私もすぐに入ります」
シルヴィは何処かホッとした様子でそう言った。
「えへへ、やっぱり広いお風呂は良いね。私も家にこれ位のお風呂が欲しいよ」
フェレウス城にあったお風呂程ではないけど、大浴場といって差し支えない広さがある。
「ここは私達の家だよ?」
「そういえばそうだったね。それじゃあ私の家には大理石のお風呂がありますって今度から言えるね」
「信じてもらえないだろうけどね」
私達は身体を流して浴槽へ入る。
「完璧な湯加減だね。流石は結衣」
「とっても良い気持ちだね。寝てしまわないようにしないと」
「し、失礼します」
私達がお風呂に浸かっていると、今にも沸騰しそうなほど顔を赤くさせたシルヴィが入って来た。入ってすぐの所で立ち止まっている。
「ほら、そんなところで立ってないでシルヴィも入りなよ。とても良い湯加減だよ」
「……はい」
結衣に言われてシルヴィはおずおずと近づいてくる。
「ほら、早く」
「それでは、失礼します……」
シルヴィは簡単に身体を流すと、ゆっくりと片足から浴槽に入った。
「ね? 気持ちいでしょ?」
「はい」
「もう、硬いな~」
痺れを切らせた結衣がシルヴィに抱きついた。
「わっ! ゆ、結衣様!? 一体何を」
急に抱きつかれたシルヴィが顔を白黒させている。
「結衣、それくらいにしてあげないと」
「えへへ、まあでも少しは緊張も解けたんじゃないかな」
「あはは……」
私は疲れた様子のシルヴィを見て乾いた笑いを漏らした。
「それにしても麗奈、シルヴィのお肌すべすべだよ。エルといい勝負かも」
「シルヴィも肌がきれいだよね」
「相変わらずスタイルも良いし、どうにも私の周りは劣等感を抱かせてくれる人が多い気がするよ」
そう言って私を睨む結衣に返す言葉が無く、私は苦笑するしかない。
「ふふ、冗談だってば」
「もう」
「ふふ、お二人は本当に仲がよろしいのですね」
「あ、やっと笑ったね」
「私と結衣はとっても仲が良いよ」
「私は友人と呼べる人が居ませんので羨ましいです」
「あ、そうか」
「どうしたの? 結衣」
「ううん、シルヴィが誰かに似ていると思っていたんだけど、エルに似ていたんだ。さっき自分でも言ったけど」
「姫様に、ですか?」
「うん。まあお肌がきれいというのは別としても、エルも友人が居ないと言っていたし、高貴な雰囲気とかも似ているよ」
確かにエルも、シルヴィと理由は違うにせよ、友人が居ないと言っていた。
「高貴というよりは人を寄せ付けない感じかな? ただ、二人とも今は友人が居るよ」
「うん、そうだよね」
「私にもですか?」
「私達が居るでしょ?」
「あ……」
私の言葉にシルヴィが瞳を潤ませる。
「泣かないの」
「すみません、勝手に涙が……」
「失礼いたします。おや、どうかされましたか?」
扉が開いてメイドが一人入って来た。
「ううん、何でもないよ。それよりどうかしたの?」
「皆様のお背中を流させていただきます」
そう言ったメイドの手にはタオルがある。
「えっと……うん、それじゃあお願いしようかな」
私は浴槽からあがって椅子に座る。
「それでは、失礼します」
メイドがタオルに泡立て、私の背中を洗っていく。
「やっぱり誰かに流してもらうのは気持ちいいね」
「ありがとうございます」
それから結衣とシルヴィも背中を流してもらい、もう一度浴槽で温まってから私達はお風呂を出た。
「シルヴィは白が好きなんだね」
シルヴィが今日買ったという着替えも上下白色だった。
「はい、自分でも何故かは分からないのですが白が好きです」
「似合うと思うよ」
「あ、ありがとうございます」
「そういえば、そろそろご飯かな?」
相変わらず長い廊下を歩きながら結衣が尋ねる。
「一時間程と言っていたから丁度出来るころじゃないかな」
「私もお腹がすきました」
「夕食が楽しみだね」
私達が広間へ入ると既に夕食の準備が出来ていた。席に座るとヴァルドがグラスに飲み物を注いでくれる。
「ありがとう」
私達はグラスに口をつける。
「あれ、麗奈これって……」
「ねえ、ヴァルド。これってお酒かな?」
「ええ、葡萄酒にございますが、お気に召しませんでしたか?」
「あ、ううん、そんなことないよ」
お城では出たことが無かったから何も考えなかったけど、こっちの世界ではお酒に対して年齢の制限が無いのだろう。
「私は大丈夫だと思うけど、結衣はどうする? 何か他の飲み物にする?」
「飲めないことはないと思うから、私もこれでいいよ」
「無理はしないでね」
「麗奈様、いかがでしたか?」
食事を終えて、アンベルを飲みながら一息ついていた私達にメルナが尋ねる。
「うん、とっても美味しかったよ」
「本当ですか! 今日はゆっくりと下準備をする時間が無かったので、きちんと作れたか心配でした」
「大丈夫だったよ。美味しかったよね?」
「ええ、美味しく出来ていました」
「ありがとうございます。明日からはもっとしっかりとした物を作らせていただきます」
「うん、期待してるね」
メルナは嬉しそうに戻って行った。
「そういえば、結衣様は先程から何を考えているのですか?」
食事を終えた時から結衣はずっと何かを考え込んでいる。アンベルにも口をつけていない。
「あ、丁度考え終わったから大丈夫だよ。お金について考えていたの」
「お金?」
「うん、こっちのお金って私達の世界だとどれくらいになるのかなって」
「ああ、そういうことね」
「それでずっと考えていたの」
「どうだった?」
「えっとね、エルが前に二ケリルが一般的な収入だって言ってたから、そこから計算したんだよ。そうすると大体ガナム銅貨が十円で、ベレカ銀貨が千円、ケリル金貨が十万円、アルテ白金貨は一億円になったよ」
「その計算だと私は今日エルから一億円貰ったことになるんだね」
「今日の買い物だけでも凄い金額だよね。こっちの世界に来てから色々と感覚が麻痺してるよ」
「それはおそらく、お二人が王家の方々と一緒に居たからだと思います」
私と結衣がそろってため息をついたのを見てシルヴィも苦笑している。
「さて、それはそうと、シルヴィは明日の朝早いんだよね」
「ええ、私の家までは三時間程かかりますから、早朝に迎えに来られると」
「それなら今日は早く寝た方が良いよね。魔力も使ってしまって疲労してるだろうし」
「そうですね。今日は早めに休ませていただこうと思っています」
「ヴァルド」
「何でございましょう」
「明日の朝、遅れないように起こしてくれないかな」
「畏まりました。朝食はいかがされますか」
「食べていくよね? シルヴィ」
「そうしていただけると有り難いです」
「ではその様に伝えておきます」
「ありがとう。それじゃあ、部屋に行こうか」
「お休みなさいませ」
「明日の午後はまた買い物に行くから空けておいてね」
「承知いたしました」
一斉に頭を下げられて、背中がむず痒くなりながら私達は広間を出た。
「今日は麗奈の部屋で寝るんだよね」
「結衣も一緒に寝るでしょ?」
「うん、そうさせてもらうよ」
結衣とは廊下で別れ、シルヴィと私の部屋へ入る。
「素敵な部屋ですね」
「えへへ、ありがとう。エルのおかげだよ」
「えっと……麗奈様、私はどちらで寝かせていただけばよろしいですか?」
「ん? 私のベッドで一緒に寝ればいいよ」
「うん、遠慮する必要はないよね」
結衣が扉を開けて入ってくる。
「そこの扉で繋がっていたのですね」
「離れ離れは寂しいからね。それで寝る場所だけど、結衣もこう言ってるんだから一緒のベッドで問題ないよ。ベッドも大きいし」
「わ、分かりました」
「それじゃあ、シルヴィも疲れているだろうから寝ようか」
「そうだね。私も今日は結構疲れたし」
「今日は忙しかったからね」
「あ、あの! お二人とも何を!?」
服を脱いでいる私達を見てシルヴィが驚愕している。
「ああ、私も結衣も寝るときは何も着ないから」
「そ、そうなのですか……」
「勿論一緒に寝るんだからシルヴィもだよ」
結衣がそう言うとシルヴィは固まった。
「大丈夫、慣れてしまえば気にならないから」
「わ、分かりました……」
我を取り戻したシルヴィが下唇を噛みながら頷いた。
「やはりこれは恥ずかしいです」
三人並んでベッドに入ると、私達に挟まれたシルヴィが硬直している。
「そんなに緊張していたら眠れないよ? それじゃあ二人ともお休み~」
「お、お休みなさいませ」
「お休み、私も寝るね。ふふ、気にしない方が楽だよ?」
そう言って私は目を閉じる。シルヴィはその後私が寝てしまうまで、ずっと固まっていた。




