第29話 移動
「そう言えば麗奈様、先程姫様と話しておられたのは一体何でしょう」
規則正しい蹄の音が聞こえる馬車の中で、シルヴィが尋ねる。
「ああ、あれね。ちょっと待ってね」
私はそう言ってウィッグとカラーコンタクトを外した。穏やかな光を放つ銀色の髪と瞳が表れる。
「えっ……」
シルヴィは驚愕の表情を浮かべて声を失っている。
「あはは、やっぱり驚いたかな?」
「銀の髪と瞳……。麗奈様はリニアスの……」
未だ放心状態のままシルヴィは口を開く。
「うん、リニアスの封印を解いたの」
「解いた、というよりは解けた、が正しいよね」
「……そうでしたか。しかし、それであればあの魔力も頷けます」
ようやく我を取り戻したシルヴィは、そう言って頷く。
「目立つといけないから普段は隠しているんだよ」
私はウィッグを軽く持ち上げて見せる。
「と、いうことは、私はリニアスの封印を解いた人に向かって、あのような態度をとっていたのですね……」
シルヴィは自嘲気味に笑う。
「ごめんね。騙したみたいで……」
「いえ、国王陛下も仰っていた様に、相手を見下すのは私の悪い癖です。目の色も普通でしたので、大したことが無いと見かけで決め付けた私が悪いのです。ですから、お気になさらないでください」
「ありがとう」
「ところで、話は変わりますがお二人は一体どのようなお店をされるのですか?」
そう言えば、とシルヴィは思い出したように尋ねてきた。
「えっとね、何でも屋だよ」
「何でも屋……ですか?」
「うん、何でも屋だよ」
「なるほど、何でも屋ですね」
「そう、何でも屋」
「あの、つかぬことをお聞きしますが、何でも屋とは何でしょう?」
何処かであったような流れに思わず席からずり落ちそうになった私は、体勢を直してから何でも屋について説明をする。結衣は頬を人差し指で掻きながら笑っていた。
「なるほど、何でも屋とはそういったお店なのですね。確かに麗奈様にはぴったりの仕事かもしれません」
説明を終えると、シルヴィは納得したように頷いている。
「あ、そうだ! 確かシルヴィはエスコーラに行っていたんだよね」
何でも屋の説明をなんとなく聞いていた結衣が、思い出したようにシルヴィに尋ねる。その瞬間、メルナとカレルの二人の表情が驚きに変わった。
「はい、三年前までですがエスコーラに居ましたよ」
そしてメルナ達はシルヴィの言葉に驚きを深くしている。
「それも確か、全課程を主席で修了したんだっけ?」
追い打ちとも言える結衣の言葉に二人は愕然とし、開いた口が塞がらなくなっている。
「あ、あの……シルヴィア様は十二歳でいらっしゃるのですか?」
カレルが恐る恐るといった様子で尋ねる。
「そう言えばカレルは同い年だったね」
「私の方が歳上ですか……」
二人は何処か諦めたように乾いた笑いをこぼしている。
「シルヴィは年齢より大人に見えるよね」
私がそう言うと、結衣は何かを言いたそうな顔で私の方を見てきた。
「いや、私もよく歳上に見られるけど……」
「私は何も言ってないからね。それでね、実は二人とも明後日からエスコーラに行くんだよ」
結衣がそう言うとシルヴィも驚きの表情を浮かべる。
「エスコーラにですか!? それは凄いですね。私が言うと嫌味に聞こえるかもしれませんが、お二人の年齢でエスコーラに入るというのは非常に珍しいことです」
実際に行っていたシルヴィが言うのだから本当に珍しいのだろう。
「そうだ、良かったら二人にエスコーラについて教えてあげてよ。私達もこの世界には詳しくないから、勝手がわからなくて」
「勿論構いませんよ。私でお役にたてるのであれば。分からないことがあれば何でも聞いてください」
シルヴィがメルナ達に向かって微笑む。
「は、はい! よろしくお願いします」
やはり二人も不安だったのだろう。嬉しそうに笑顔を浮かべると、シルヴィに頭を下げた。
「ところで麗奈様、姫様も仰っていましたが、この世界に詳しくないというのは一体……」
シルヴィが不思議そうに尋ねる。
「ああ。実はね、私達は別の世界から来たの」
私の言葉にシルヴィは疑問を更に深くしたようで首を傾げた。私はこの世界へきた経緯を説明していく。
「では、それが神技だったのですね」
「うん、そうだよ」
「あ、もうすぐ着くんじゃないかな」
結衣が外の景色を見て言う。確かに周りが賑やかになってきた。商業区に入ったのだろう。
「フェルディさん、後どれくらいで着きますか?」
私は御者台にいるフェルディさんに尋ねる。
「後十分ほどで着きますよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「麗奈様たちのお店が一体どんなものか楽しみです」
「きっと驚きますよ」
メルナが笑って言う。
「私もシルヴィがどんな家に住んでいるのか分からないから、何とも言えないけど、きっと驚くと思うよ」
結衣もメルナに賛同して頷く。
「そう言われると尚更楽しみですね」
そうして少し話していると馬車が止まった。辺りは先ほどよりも賑やかになっている。
「皆様お疲れ様でした」
フェルディさんが扉を開く。
「とても賑やかな場所ですね」
「うん。人通りの多いところを用意してくれたから」
私たちはフェルディさんの手を借りて馬車を降りる。
「フェルディさんありがとうございました」
「いえ、皆様を無事に送り届けるのが私の役目ですから。ところで明日の朝ですが、ここからかなりの距離がありますので、迎えに来るのは早朝になります。それまでに準備をお願いします」
「わかりました。よろしくお願いします」
「それでは、失礼します」
フェルディさんは御者台に座ると、手綱を握り来た道を戻って行った。
「ところで麗奈様、お店はどちらですか?」
フェルディさんを見送った後シルヴィが尋ねた。
「ん、ここだよ」
私は目の前にある扉を指さす。
「見て麗奈、看板ができてるよ」
「あっ、本当だ」
結衣の指さす方を見ると以前来たときにはなかった看板があった。この国の文字でラクスと書かれている。
「それじゃあ早速入ろうか」
「あの麗奈様、どちらへ行かれるのですか?」
歩き出した私を見てシルヴィが首を傾げている。
「そこはお店の入り口で、家の入り口はこっちにあるんだよ」
「もしかして、この屋敷全部ですか……?」
「そうだよ。やっぱり驚いた?」
私がそういって笑うと、シルヴィは驚いて固まっていた。
「やっぱり驚くよね。私も初めて見たときはそうなったよ」
結衣は頷きながら笑う。
「全部エルに任せていたんだけど、そしたらこうなってね」
「あはは……流石は姫様ですね」
シルヴィが苦笑する。
「ここが入口だよ」
私は見事な装飾が施された取っ手に手をかけ、扉を開いた。




