第28話 出発
「おはよう。よく寝ていたね」
シルヴィが目を覚ましたのは三時間も経ってからだった。カイゼルさんは、魔力を使い果たしたと言っていた。相当疲労していたのだろう。
「皆様、おはようございます」
シルヴィはまだ眠そうに目を擦っている。
「それにしても本当によく寝ていたね~」
「一体どれくらい寝ていたのでしょうか?」
シルヴィは乱れた服を整えると、私達の向かい側のソファへ腰を下ろした。
「およそ三時間程ですね」
「三時間もですか!? お待たせして申し訳ございません」
シルヴィは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ううん、気にしないで。別に急いでいるわけでもないから」
「ありがとうございます」
「あ、そうだ。丁度今話していたんだけど、シルヴィはどうする?」
「えっと……すみません、結衣様。一体何の話でしょう」
突然、どうすると尋ねられたシルヴィは苦笑を浮かべながら結衣へ問いかける。
「あ、ごめん。えっとね、家のことなんだけど」
そう言って結衣は笑う。
「家……ですか?」
「ええ、麗奈達はそのお店に住むのですが、シルヴィアはどうするのか、と」
「エルから聞いたんだけど、シルヴィの家から商業区まで結構距離があるんだよね?」
エルによるとシルヴィの家から、南の商業区までは馬車で三時間はかかるそうだ。毎日通うとなると相当厳しいだろう。
「麗奈様達のお店は南の商業区にあるのですね。それでしたら何処か近くに住む場所を確保します」
「やっぱりそうだよね。えっとね、私達からの提案なんだけど、良ければ私達のお店に一緒に住まない?」
結衣の提案にシルヴィは驚きの表情を浮かべる。
「麗奈様達と一緒に……ですか?」
「うん。どうかな? 無理にとは言わないけど、部屋は沢山余ってるし、シルヴィさえ良ければ」
シルヴィが思案したのは一瞬だけだった。
「私が麗奈様達と同じ家にだなんて、本当によろしいのですか!?」
声を大きくしてシルヴィは尋ねる。
「うん、勿論だよ」
「麗奈様の近くに居られるなんて! 是非ともお願いします!」
シルヴィは思わず身を乗り出している。
「ふふ、ほんの数時間前まではあれほど嫌悪感を示していたのに、一体どういった心境の変化ですか?」
エルが意地悪な笑みを受かべながらシルヴィに尋ねる。
「その……自分で言うのもどうかとは思うのですが、私は今まで、何かで他人に負けることは無かったのです。勉強でも、運動でも、魔法でも。それが今回、こんなにも実力差を見せつけられてしまって、何ていうか、麗奈様に惚れ込んでしまった、と言えばおかしいですが、何故か離れたくないのです」
シルヴィは照れくさそうにそう言うと、恐る恐るというように上目づかいで私を見る。
「ありがとう。シルヴィにそんなに思ってもらえるなんて、とても嬉しいよ」
私がそう言って微笑むと、シルヴィも嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「麗奈って女性に好かれるよね。いや、何ていうか人を惹きつける力を持ってるよね」
やや呆れ気味にそう言った結衣の目線はエルに同意を求めている。
「うふふ、そうですね。私も麗奈に……いえ結衣、貴女もですね。お二人に惹かれてしまいましたから」
まさか自分も言われるとは思っていなかったのだろう。結衣は頬を赤くしている。
「と、ところでシルヴィも住むことになったのなら、引っ越しの準備をしないといけないんじゃない?」
結衣が無理やりに話題を変える。
「そうですね。シルヴィアの部屋というのは特に用意していたわけではありませんから、家具なども一切ありませんし……。ただ、今からシルヴィの家へ向かうには時間が遅いですね」
エルが思案顔で言う。
「それなら、とりあえず今日は私の部屋ででも寝ればいいんじゃない? シルヴィさえ良ければ」
私がそう言うと、シルヴィはとても嬉しそうに顔を輝かせた。
「でしたら、明日の朝に馬車を向かわせますので、それでシルヴィアには一度家へ帰っていただいて、必要なものを持ってきていただきましょうか」
そう言ってエルはシルヴィの方を見る。
「分かりました。よろしくお願いします」
「決まったね。それじゃあ後はお店に行くだけだけど、どうする? 麗奈」
「馬車の用意はもうしてくれているんだよね?」
「ええ、いつでも出発できるように待たせてあります」
「よし、それならあまり遅くなってもいけないし、カイゼルさん達に挨拶したら行こうか」
そう言って私は立ち上がる。
「失礼します」
私達はノックをしてカイゼルさんの部屋へ入る。
「あら、もう出発されるのですね」
私達が入って来たのに気付いたようで、奥の部屋からセリアさんが出てきた。
「はい、遅くならないうちに行こうと思います」
「そうですね。それが良いでしょう」
「何から何まで本当にお世話になりました」
「いえ、私達もお二人のおかげで楽しい日々を過ごせました。またお店が開きましたら見に行かせていただきます」
「はい。是非ともお越しください」
「私が言うのもおかしいが、シルヴィアも頑張るようにな。お前が初めて認めた相手だ」
カイゼルさんはそう言ってシルヴィに微笑む。
「はい、国王陛下。精一杯お役にたてるよう努力します」
シルヴィは姿勢を正してそう言った。
「それじゃあ行こうか」
私達は一度頭を下げると部屋を出ようとする。
「またこちらへも遊びにいらしてくださいね」
「ありがとうございます。もしかしたら、明日にでも遊びに来るかもしれません」
私がそう言うとカイゼルさん達は笑う。
「ではお父様、私は麗奈達を門まで見送ってきます」
私達はもう一度頭を下げると部屋を後にした。
門の前まで来るとフェルディさんがメルナ達と一緒に馬車の前で待っていた。
「おや、シルヴィアもご一緒ですか」
フェルディさんは一礼すると馬車の扉を開いた。
「ええ、麗奈達のお店を手伝ってもらうことになりました」
「麗奈様、こちらの御二方は?」
メルナとカレルを見てシルヴィが尋ねる。
「二人も私達のお店を手伝ってくれるんだよ」
「そうでしたか。シルヴィアと申します。お二人ともよろしくお願いします」
「メ、メルナです。よろしくお願いします」
「カレルです」
シルヴィに突然挨拶をされて、二人も慌てて自己紹介をする。
「私の知っているシルヴィアとは随分と変わりましたね」
「はい、お二人のおかげです」
「なるほど、お二人でしたら」
私達の方を見ながら微笑むエルを見て、フェルディさんは頷いた。私達はフェルディさんの手を借りて馬車へと乗っていく。
「それじゃあエル、本当にありがとう。また遊びに来るからね」
「はい、お待ちしております。フェルディ、お店まで無事にお願いしますね」
「お任せください」
「あ、そうだエル。シルヴィには言ってもいいの?」
私は髪を指しながらエルに尋ねる。
「ええ、言っていただいて問題ありません」
「分かった。それじゃあエルまたね」
「ええ、またお会いしましょう。私も近いうちに遊びに行きます」
「うん。待ってるね」
「フェルディ」
「はっ」
フェルディさんは扉を閉めると御者台へ座った。
「またね~」
扉の外で手を振るエルに結衣も手を振り返す。そして景色がゆっくりと動き始めた。




