第27話 初めての敗北
私達はカイゼルさん達と共に闘技場にやって来た。以前に模擬戦を行った場所だ。カイゼルさんが手をかざすと扉は独りでに開いた。私達が足を踏み入れると暗闇だった闘技場の中に灯りがともされていく。
「麗奈、頑張ろうね!」
「うん。精一杯頑張るよ」
結衣と舞台へ上がる。シルヴィアは既に向かい側に立っていた。
「待たせてしまってごめんね」
「お気になさらず」
シルヴィアは私達と目も合わせない。
「模擬戦の形式は簡単です」
カイゼルさんが壇上へ上がって来た。
「相手を戦闘不能にする」
「そうだ。私が相手を戦闘不能と判断するか、相手が敗北を宣言すれば試合終了です」
「国王陛下、早く始めましょう」
「シルヴィア、そう焦るな」
「私は焦ってなどおりません! ただ早く終わらせたいだけです」
「今回はセリアとエルの二人にも手伝っていただきます」
私達から見て右手にカイゼルさんが、左手にエルとセリアさんが立つ。
「それではこれよりシルヴィアと麗奈・結衣による模擬戦を行います」
「結衣、気をつけてね」
「うん。頑張るよ!」
「始め!」
カイゼルさんの合図で初めてシルヴィアが私達と目を合わせる。
「どうぞ」
シルヴィアは構える様子も詠唱する様子も無くそう言った。
「麗奈」
「うん」
結衣が手を前に出して構える。
『水よ!』
詠唱と共に、小さな水の球が目の前に現れる。
『今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
球体だった水が徐々に形を変えていき、細長い槍のようになる。
「やあっ!」
水で出来た槍はゆっくりとシルヴィア目掛けて進んでいく。
「魔法使いで在りながらその程度ですか?」
『水よ! 我が意に従え!』
槍が後少しで届くというところでシルヴィアが詠唱した。
「えっ……」
結衣が驚愕の表情を浮かべる。ゆっくりと動いていた槍が急に止まる。
「ふんっ」
シルヴィアが軽く手を振り下ろす。槍は一瞬にして向きを変え、先程までとは比べ物にならない速度で結衣目掛けて飛んできた。結衣が頭を抱えてうずくまる。
「きゃあっ!」
「結衣!」
うずくまった結衣に槍が強烈にぶつかり、結衣は後ろに弾き飛ばされた。
『風よ!』
咄嗟にセリアさんが風を起こし結衣を受け止める。
「結衣っ、大丈夫ですか!」
エルが結衣のもとへ駆け寄る。
「う、うん。少し痛かったけど大丈夫だよ」
槍が当たった結衣の腕は赤く腫れ、少し血が出ている。
「エル、結衣の手当てをしてあげなさい」
そう言ってカイゼルさんは試合を中断させる。
「はい」
エルが結衣を舞台の脇へ連れて行く。
「国王陛下、やはり私がこのような方々に使われるなんてあり得ません」
そう言ってシルヴィアは舞台から下りようとする。
「シルヴィア、待ちなさい」
カイゼルさんがシルヴィアを呼びとめる。
「何でしょうか。もう勝負はついたと思いますが」
「いや、私はまだ勝負ありとは言っていない」
「国王陛下、これ以上は時間の無駄です」
「それでは試合放棄でいいのだな」
「陛下! 私は結果が見えている以上、これ以上続けても意味がないと言っているのです!」
シルヴィアが声を荒げる。
「それは私が判断することだ。ここでやめると言うならシルヴィア、お前の負けということになるぞ」
「……分かりました。それではすぐに終わらせます」
シルヴィアが私を睨みつける。
『大地よ!』
シルヴィアの前の地面が隆起し、自身の体くらいはありそうな巨大な土の球が作られる。
『大地よ、姿を変え眼前の敵を滅ぼす戦士となれ』
巨大な土の球がゆっくりと人の形へ姿を変える。
『かかれ!』
シルヴィアの声で土の人形は私に向かって突進してくる。一歩ごとに重く鈍い音が訓練場に響く。
「これで終わりです」
土人形が全体重を乗せて私へ体当たりを仕掛ける。
「なるほど。先程の方とは違い、少しは出来るようですね」
私へぶつかる瞬間、胸の景玉が光り輝き、土人形は粉々に砕け散った。
『大地よ、その秘めし力を露わにせよ。灼熱にて全てを飲み込め!』
地面が一斉に砕け溶岩が噴き出す。前回の模擬戦で見たものとは比べ物にならない熱を放っている。
「やっ!」
溶岩が津波となりゆっくりと私へ迫ってくる。
『水よ!』
私の前に巨大な水の球が現れる。
『今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
迫りくる溶岩に水をぶつける。
「その程度の魔法をいくらぶつけようと無駄です」
私がぶつけた水の球はジュッという音と共に一瞬で蒸発した。溶岩の勢いに変化は見られない。
「これで勝負ありです」
迫る波の速度が増す。
『水よ!』
「何度やっても同じことです」
私の詠唱に伴って指輪が強烈な光を放つ。
「ほう、これは……」
先程とは桁違いの、莫大な量の水が現れた。
『今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
水は津波となり溶岩とぶつかる。轟音と共に溶岩は冷えて固まった。
「そ、そんな……」
津波は固まった溶岩砕きシルヴィアへ迫る。
『焔よ、壁となり総てを阻め!』
シルヴィアの周りを囲むように小さな炎の壁が現れる。そのすぐ後、膨大な量の水がシルヴィアへ襲いかかる。津波が炎の壁にぶつかった瞬間、訓練場を揺るがすような爆音が響いた。
「凄い……」
私は思わず声を漏らす。
「まさか、これ程強いとは思っていませんでした。貴女を甘く見ていたようです」
シルヴィアに襲いかかった水は、その小さな炎の壁により全て蒸発し、シルヴィアは元のまま立っていた。
『大地を統べる精霊よ、秘めし力を解放せよ』
白熱する炎の壁の中で、シルヴィアがゆっくりとした速度で詠唱を行う。
「麗奈」
「リニアス!?」
私は突然の声に驚く。
『大地を揺るがし、地表を砕け』
「はい」
「どうしたの?」
「今、シルヴィアが詠唱している魔法ですが、麗奈の知っている魔法では防ぐことができません」
「えっ! それじゃあ一体どうすれば――」
防ぐことが出来ないと聞いた私は慌ててリニアスへ尋ねる。
『深淵に眠る灼熱の龍よ』
「大丈夫です。落ち着いてシルヴィアの詠唱を繰り返してください。魔力は麗奈の方が上回っています。同じ魔法なら麗奈が負けることはありません。ただ、今から普通に詠唱しても間に合いません」
「それじゃあ……あっ、そうだ。無詠唱魔法!」
『今覚醒しその姿を地上へ現せ。総てを塵灰と化さしめよ』
「はい。麗奈なら間に合う筈です」
私はシルヴィアの詠唱を頭の中に思い浮かべる。
『大地を統べる精霊よ、秘めし力を解放せよ。大地を揺るがし、地表を砕け。深淵に眠る灼熱の龍よ、今覚醒しその姿を地上へ現せ。総てを塵灰と化さしめよ』
「貴女方への失礼な発言、申し訳ございませんでした。まさか、これ程お強いとは。ですが、勝負は此処までです」
『焔龍!』
『焔龍!』
シルヴィアの詠唱に続いて、私も詠唱を終わらせた。私の指輪に閃光が走り、その眩しさに思わず目を瞑る。
「えっ!?」
シルヴィアの顔が驚愕に変わる。巨大な地響きと共に地震が起きた。カイゼルさん達は立つことが出来ず地面に膝をつく。
「そんなまさかっ!」
爆音が鳴り地面が割れる。息をするのがつらくなる程の熱を放ちながら、噴き出す溶岩は少しずつ二頭の龍へと姿を変えていく。
「はああっ!」
シルヴィアの声と共に巨大な焔の龍が私へ襲いかかる。私は左手を前へと突き出した。指輪が再び光を放つ。シルヴィアのものより二回りは巨大な、焔で出来た龍がシルヴィア目掛けて猛進する。シルヴィアの龍は一瞬にして呑み込まれた。焔龍の勢いは衰えず、そのままシルヴィアに突き進んでいく。
バタッ
突然シルヴィアが倒れた。
「そこまで!」
カイゼルさんの声に私は魔法を止める。
「麗奈・結衣の勝利とする」
私は急いで結衣のもとへ駆け寄る。
「麗奈! やったね!」
エルに手当てをしてもらっていた結衣が私に抱きついてきた。
「うん!」
「シルヴィアは大丈夫かな?」
私達は倒れたシルヴィアのもとへ向かう。
「カイゼルさん、シルヴィアはどうですか?」
シルヴィアの様子を見ていたカイゼルさんに尋ねる。
「心配ありません。以前の麗奈と同じように、魔力を使い果たしてしまっただけです」
「そうでしたか。安心しました」
「それにしても麗奈、さっきは凄かったですね」
そう言ってエルは笑う。
「同じ魔法を使って返すとは私も驚きました」
そう言いながらカイゼルさんはシルヴィアの頭に手をかざしている。
「同じ魔法を使うようにリニアスが言ってくれたんです」
「リニアスが……なるほど」
カイゼルさんの手が穏やかな光を放つ。暫くするとシルヴィアが目を開けた。
「おお、気がついたか」
「国王陛下、私は……」
「魔力を使い果たして意識を失った」
「そうでしたか」
起き上がろうとするシルヴィアをセリアさんが制す。
「しばらく休んでいなさい」
「……はい」
「ごめんね。大丈夫?」
「あ、麗奈様……。大丈夫です少し休めば回復すると思います」
私に対する嫌悪感はシルヴィアから感じられない。……ん? 麗奈様?
「あの、シルヴィア、麗奈様っていうのは……?」
「はっはっは、シルヴィアが麗奈のことを認めたということではありませんか?」
カイゼルさんは笑っている。
「私の最大の魔法が、ああも簡単に返されてしまうとは。認めざるを得ません。いえ、完全に私の負けですね」
「シルヴィアにとっては初めて経験することかもしれませんね」
そう言ってセリアさんも笑っている。
「いかがでしょうか? シルヴィア、麗奈達のお店を手伝っていただけませんか?」
「勿論です。麗奈様、是非とも私に手伝わせてください」
「ありがとう、大歓迎だよ」
「ありがとうございます。あの、私のことはどうぞシルヴィと呼んでください」
「うん。シルヴィ、よろしくね」
「よろしくお願いします。そういえば結衣様、お怪我は大丈夫ですか?」
「うんっ、エルが手当てをしてくれたから大丈夫だよ」
「ふふ、ではこれで一件落着ですね」
「そうだな。それでは戻るとしましょうか。シルヴィアは私が運びます」
「あ、それなら私に捕まってください」
「麗奈に……ですか?」
カイゼルさんが不思議そうな顔をしながら私の肩に手を置く。
「そういえばその手があったね」
「なるほど」
結衣とエルも腕を持つ。
「これで良いのでしょうか」
セリアさんも私の肩へ手を置く。
「はい。それでは行きますね」
私はシルヴィアの手を取って詠唱する。
『NOW TRANSFER』
景色が一瞬にして私達の部屋へと変わる。
「おお、これは……。なるほど、これが神技というものですね」
カイゼルさん達は驚いている。
「今のは一体……」
「これは神技といって魔法みたいなものだよ」
「神技……麗奈様、貴女は一体」
「セリア、とりあえず私達は戻ろうか。ジェイルが隣国の件で話があるそうだ」
「あら、そうでしたか。それでは行きましょうか」
「では私達は失礼します。またお店へ行く時は声をかけてください」
そう言うとカイゼルさん達は部屋を出て行った。
「失礼いたします。姫様、馬車の準備が整いました」
カイゼルさん達と入れ違いに給仕の人が入って来た。
「ご苦労様。お二人ともどうされますか? 馬車の用意は出来たみたいですが……」
「もう少し後でも良いかな? シルヴィが回復してからにするよ」
「分かりました。 馬車はそのまま待たせておいてください」
「畏まりました」
給仕の人は一礼して部屋を出て行った。
「申し訳ございません。私のせいで……」
「気にしないで。今は少し休んだ方が良いよ」
私はシルヴィをベッドへ運ぶ。
「すみません。それでは少し休ませていただきます」
「うん、お休み」
シルヴィが目を閉じるとすぐに寝息が聞こえてきた。




