第22話 一時帰宅
朝、いつものように朝食を済ませた後、私達はカイゼルさんの部屋へ来た。今日、一度元の世界へ帰ることを伝えるためだ。食事の際にメルナとカレルの二人にもそのことを話したが、二人はとても寂しそうにしていた。
「失礼します」
「おや、おはようございます。皆さんお揃いでどうされましたか」
「実は、お伝えすることがあるのです」
「何でしょう。ああ、どうぞお座りください」
いつものソファに腰掛ける。カイゼルさんも向かい側に座った。
「それで、話というのは」
「はい、一度元の世界へ帰ろうかと思っているのです」
私の言葉を聞いてカイゼルさんは一瞬だけ驚いた表情をしたが、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
「……そうですか。それは寂しくなりますね。いえ、麗奈達が他の世界から来ている以上、こういうことがあるのは分かっていました。それで、いつ頃帰られるのですか」
「それなのですが、帰る前に挨拶をしておこうと思い、伺わせていただきました」
「なるほど。それではこの後、すぐに帰られるのですね」
「はい、突然で申し訳ございません」
「麗奈達が元の世界へ帰るのは当然のことです。お気になさらないでください。それに、またこちらへも来ていただけるのですよね」
「もちろんです。ご迷惑かもしれませんが、お店が完成するまでに戻ってくるつもりです」
「そんな! 迷惑だなんてとんでもありません」
私の言葉にエルが声をあげる。
「エル、ありがとう」
「いつでも遠慮なく来てくださいね」
「エルがこう言っていますが、私も同じです。お二人が居るだけでこの城も明るくなります。迷惑だなんてことは決してありません」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「ところで、セリアさんは居られないのでしょうか。セリアさんにも一度挨拶をしておきたちと思っているのですが」
「すみません、セリアは今朝早くに公務で隣国へ行ってしまいました。数日は戻らないので、私からお伝えしておきます」
「そうでしたか、それではよろしくお伝えください」
「はい、確かに伝えておきます」
「それでは、慌ただしくて申し訳ありませんが、一度帰らせていただきます。長い間お世話になりました」
「とても楽しかったです。本当にありがとうございました」
「いえ、また御越しになる日を楽しみにしております」
私達は頭を下げてからカイゼルさんの部屋を出た。
「結衣、忘れ物は無い?」
「うん、リュック一つだけだからね」
一度部屋へ戻った私達は、それぞれのリュックへ荷物を詰め込んだ。
「よし、それじゃあ行こうか」
「オッケー」
「やっぱり寂しいです……」
荷物を整理している時までは大丈夫そうだったエルも、再び涙を浮かべている。
「またすぐに戻ってくるから」
「うん、すぐに会えるよ。あ、そうだ」
結衣は背負ったリュックを一度下ろすと、中からポテトチップスの袋を取り出した。
「おやつに持って来たけど食べなかったから、良かったら食べてよ」
「これは……?」
「私達の世界のお菓子だよ。袋を開ければそのまま食べられるから」
「ありがとうございます。大切に食べさせて頂きますね」
エルはポテトチップスの袋を結衣から受け取ると、大事そうに抱きかかえた。
「あはは、それは私達の世界では特に珍しいものでもないから、遠慮なく食べちゃっていいんだよ」
今にもポテトチップスが割れてしまいそうなくらいに抱きしめているエルを見て結衣は笑う。
「分かりました。お父様とお母様と一緒に頂きますね。あ、メルナとカレルも忘れてはいけませんね」
「また持ってくるよ」
「そうだね、何かお土産でも持ってくるから、期待していてね」
「本当ですかっ! 楽しみにしていますね」
エルはとてもうれしそうな顔でそう言った。
「うん、必ず持ってくるよ。それじゃあ結衣、行こうか」
「エル、少しの間だけど……またね」
「はい、寂しいですが、頑張ってお待ちしております。お店は任せておいてください」
「ありがとう。それじゃあ……あっ!」
エルに言おうと思っていたことを忘れていた。
「どうされましたか?」
「エルにお願いがあったんだ」
「何でしょうか」
「うん、実はね――」
「なるほど……分かりました。そういうことでしたらお任せください。何とかいたします」
「ありがとう。さて、それじゃあ今度こそ帰るね」
結衣と手をつなぐ。
「エル、またね」
「お店の完成までには必ず戻ってくるからね。じゃあ結衣、行くよ」
『RETURN』
景色が一瞬にして変わり、私の家の玄関へと戻ってきた。そのまま二階へ上がり、私の部屋へ行く。
「帰って来たね~」
結衣がベッドに腰をおろし、伸びをする。
「久しぶりに自分の家に帰ってきた気がするよ。数日しか向こうに居なかったのに」
「私も、もうずっとエルと一緒に居た気がする」
「そうだね。さて、確か今日は日曜日だけど、これからどうする?」
「お昼前か~、さっき向こうで朝ごはん食べたからお腹は空いていないし、どこか行く?」
結衣が時計を確認してから言った。
「どこ行こうか」
「あ、そうだ。帰ってきていきなりだけど、エルに持っていくお土産でも買いに行こうよ」
「あ、それいいかも。そうしようか」
「何が良いかな~」
二人で悩んでいると携帯電話が鳴った。
「あ、麗奈、鳴ってるよ」
「ごめん、ちょっと待っててね」
私は机の上で振動している携帯電話を手に取り、ディスプレイに表示されている名前を確認する。
「あ、陽香ちゃんからだ」
「はい、涼海です」
「あ、涼海さん? 木観だよ」
「うん、どうしたの?」
「実は今日暇なんだけど、良かったら遊ばない?」
「ちょっと待ってね。
結衣、陽香ちゃんも一緒に、いいよね」
「うん、勿論だよ」
「あ、ごめん。今日これから結衣と一緒にショッピングに行くんだけど、それでも良ければ」
「ショッピング? 行く行く」
「それじゃあ、私の家に来てくれるかな? 着いたらチャイム鳴らして」
「オッケー、準備したら行くね」
「うん、待ってるね」
「なんて?」
「うん、準備したら来るって」
「折角だから陽香ちゃんにも選んでもらおう」
「そうだね。そうしよう」
ピンポーン
電話から三十分程して、チャイムが鳴った。
「あ、来たみたいだよ」
「それじゃあ行こうか」
私達は荷物を持って外へ出る。
「こんにちは、お待たせ」
「木観さん、こんにちは」
「こんにちは。買い物だけど、何処へ行くの?」
「駅前のショッピングモールかな。あそこなら色々売ってると思うから」
私達は駅の方へ向って歩き出す。
「それにしても二人ともイメチェンしたんだね。それもかなり大胆に」
「あ」
私と結衣は思わず声を出してしまった。髪の色が変わったままだということを忘れていた。
「えっと、イメチェンしたんだけど、どう? 変かな?」
「ううん、とても似合っていると思うよ。ただ、二人とも随分と派手な色だから少し驚いたけど。麗奈のその目はカラーコンタクト?」
「うん。そうだよ……あ、光って無い?」
「え? 何が?」
どうやら光は見えないらしい。何故かは分からないけど、助かった。光を放つ銀色の髪と目、では言い訳出来ないだろう。
「あ、気にしないで。こっちの話」
「ん? ああ、ところで今日は何か買う物はあるの?」
「それなんだけど、女の子にプレゼントする物を見に行こうと思って」
「そうなんだ」
「木観さんも一緒に選んでくれないかな」
「喜んで。プレゼントとか選ぶのは好きだから任せておいて」
「ふふ、それは良かった。頼りにしてるね」
三人で雑談をしながら二十分程歩くと、看板が見えてきた。此処は昨年出来たばかりのショッピングモールで、中には映画館やボーリング場もある。さすがに休日なだけあって、多くの人で賑わっている。
「それにしても、私達目立ってるね……」
「あはは……まあ、仕方ないね」
「それで、どんな物にするかある程度は決まってるの?」
「ううん、まだ何も決まって無いの」
「私達と同じ位の子なんだけど、木観さん何か無いかな?」
「アクセサリーとかどうかな?」
エルにアクセサリー……喜んでくれるとは思うけど、お姫様だから沢山持っている気がする。
「アクセサリーは結構持ってると思うから、他にした方が良いかも」
「うーん、そうなると服も持ってそうだし……」
「あ、服にしようよ。こっちの服は持ってないだろうし。どうかな、麗奈」
「うん、良いんじゃないかな。服にしよう」
「もしかして外国の子?」
「あ、うん。そんな感じ」
「そうなんだ。その子はどんな服が好きなの?」
「どうだろう、普段は落ち着いた服が多いけど、どんな服でも似合うと思う」
「それじゃあ、私がよく行くお店があるから、そこに行ってみようよ」
「オッケー」
「いや~、随分と見て回ったね~」
五時間ほどかけてお店を見て回ったが、結局最初のお店で殆ど揃えた。結衣の手には綺麗に包装された、服の入った紙袋がある。
「今日は陽香ちゃんのおかげで、良い服が買えたよ。ありがとう」
「私も楽しかったよ。誰かの服を考えるの好きだし」
「この後どうする? ご飯でも食べる? 今日は選ぶのを手伝ってくれたし、何か御馳走するよ」
「ほんとっ? うーん、じゃあお言葉に甘えようかな」
「うん、何が食べたい?」
「それじゃああそこが良いかな。此処の四階にあるビュッフェなんだけど、前から一度行ってみたかったんだ」
「あ、それって自然食材だけを使っているところだよね?」
「そうそう、水瀬さんは行ったことあるの?」
「ううん、私も一度行ってみようと思ってたんだよ」
「ふふ、なら決まりだね」
私達はエスカレーターを上がり、レストラン街にある自然食ビュッフェのお店に入った。
「休日だからもっと並ぶかと思っていたけど、意外とすぐに入れたね」
「まあ、まだ六時前だからね」
三人で好きな物を取り、席に着く。陽香ちゃんはバランス良く料理を入れている。私と結衣は野菜を中心に取った。
「それじゃあ、いただきます」
「うん、遠慮なく食べてね。ビュッフェだし」
「あはは、そうだね」
それから三人で、今日の買い物のことや高校について話しながら、一時間程食事をしていた。その頃になると並ぶ人も増えてきたので、お会計を済ませて店を出た。
「涼海さん、ご馳走さま」
「ううん、今日はありがとうね」
「いや~、おいしかったね~」
和食好きの結衣にとっては、好みの料理が多くあったみたいだ。
「それじゃあ帰ろうか」
「涼海さん、水瀬さん、またねっ」
「ばいばい、陽香ちゃん」
「またね~」
家の前で陽香ちゃんと別れた後、私達はシャワーで汗を流してから部屋でのんびりしている。
「今日は木観さんのおかげで良い服が見つかったね」
「そうだね。帰りに寄った靴屋さんで合いそうなブーツも見つかったし、エルの喜ぶ顔が楽しみだね」
「それにしても、木観さんに髪のことを言われた時はドキッとしたよ」
「あはは……これからは気をつけないといけないね。そういえば、陽香ちゃんには私の髪は光って見えないみたいだけど、魔法が関係しているのかな」
「そうかもしれないね。あっ、そういえばどうなんだろう」
「ん、何が?」
「魔法だよ。こっちでも使えるのかな?」
「試してみようか。もし使えたら凄いことだけど……」
「それじゃあグラス持ってくるね!」
そう言って結衣は、一階からグラスを一つ持ってきた。
「はい、麗奈」
「それじゃあ、やってみるね」
結衣から受け取ったグラスに手をかざす。
『水よ!』
一瞬にしてグラスに水が満たされる。
「使えたね……」
「使えちゃったね」
まさか本当に使えるとは思っていなかった。
「うーん、魔法使いか~、実在したんだね……」
「もしかしたら、マジシャンの人は魔法使いなのかもしれないね」
「あはは、そうかも」
「そういえば、明日は学校だね」
「うん。あ、髪の色どうしよう……」
「あ~、さすがにこのままはまずいよね」
今日も一日中注目を集めていた。
「染める?」
「どうなんだろう。染めて戻るのかな? あ、そうだ。リニアスに聞いてみるね」
「そういえばリニアスと話せるんだったね」
「うん」
「ねえ、リニアス」
「はい。髪の色、ですよね」
「うん、何とかならないかな?」
「染める、というのは色素をどうにかするということですよね。おそらく、それは効果がありません」
「何か方法は無いの?」
「そうですね……これに関してはどうすることも……もしかすると、魔法で何とか出来るのかもしれませんが、私はそう言った魔法を知りませんし……」
「そっか……ありがとう」
「いえ、お役に立てず申し訳ありません。よろしければまた話しかけてくださいね」
「うん、またね」
「どう?」
「駄目みたい。魔法でも無理だって」
「つまり、このまま?」
「うん」
「あはは……目立つね……」
「ウィッグでもかぶる?」
「あ、そっか。うん、麗奈みたいにウィッグにすれば問題ないね」
「丁度良いウィッグがあれば、だけどね」
「さすがにウィッグは持って無いよ……。麗奈はあるの? 向こうから持ってきた?」
「いや~、持って帰ってきても金色だから使えないと思うけど――あ、そうしよう」
考えれば、わざわざ学校へ行く必要はない。
「どうしたの? 麗奈」
「ほら、学校に行かなければいいんだよ」
「え?」
「だから、向こうに行ってしまえば問題はないでしょ?」
「あ、そうか」
「うん。向こうでウィッグも用意しておけば、今度戻って来た時も大丈夫だし」
「それじゃあ、いつ行く?」
「うーん、一度寝たらすぐに行こうか。エルも寂しがっているだろうし」
「なら、明日の朝出発だね。どうする? もう寝る?」
「うん、そうしようか」
「明日の準備だけ済ませておくね」
私達は今朝持って帰ってきたばかりのリュックに再び荷物を詰めた。
「それじゃあ、お休みなさい」
「お休み」
一緒にベッドへ入り、明かりを消す。結衣を抱き枕にしていると、心地よい眠気が襲ってきた。




