第19話 覚醒
あれ……此処は一体……。
気がつくと光が一切ない暗闇の中に居た。何とも不思議な空間。上下の感覚も無く、自分が立っているのか浮いているのかすらも分からない。ただ、不思議と恐怖はなく、心は落ち着いている。
「魔力を使い過ぎちゃいましたね」
急に声がした。
「誰?」
暗闇に向かって問いかける。
「初めまして……ですね」
声と同時に暗闇の中へ一人の少女が浮かび上がった。大きな透き通るような目と、踵まである綺麗な銀色の髪が印象的だ。少女はその澄んだ瞳を私に向けると、あどけなさの残る顔に笑みを浮かべた。
「リニ……アス……?」
「はい」
「此処は何処?」
「貴女……麗奈の心の中です」
「私の心の中……」
「私は麗奈が私の封印を解いたときから、麗奈のことを見ていました」
「私の中にリニアスが居たの?」
「はい。麗奈に私の魔力を預けるかどうか、それを見極めるために。
麗奈は今、魔力が底をつき意識を失っています」
そうだ。私はフラムスさんと模擬戦をしていて、そして……。
「私の力は強大であるがゆえに、使い方によっては非常に危険なものになります。そのため、私は全ての力を渡しても問題ないかどうか、これまでの麗奈を見てきました。
そして確信しました。麗奈であれば私の力を預けても大丈夫でしょう。
これから私の力の全てを麗奈にお渡しします。目を閉じてください」
リニアスに言われた通り私は目を瞑った。
「じっとしていてくださいね。すぐに終わりますから」
リニアスの吐息が私の顔に当たる。
……っん!
唇を柔らかな感触が包む。同時に何か熱いものが私の中へ流れ込む感じがした。それは数秒で終わり、唇を包んでいた感触も一緒に消えた。
「もう開けていいですよ」
私が目を開けると元居た位置にリニアスが頬を染めて立っていた。
「これで私の力をすべて使うことが出来ます。これまで麗奈が使っていた魔力はごく一部です。これからは余程のことでもない限り、今回のように魔力が底をつき意識を失うことも無いでしょう」
「本当に私で良かったの?」
「はい。私の目に狂いが無ければ麗奈以上の人はいないでしょう。封印を解いてくれたのが麗奈で本当に良かったです」
「ありがとう」
「これで以上です。麗奈は私よりも遥かに魔法の才能があります。きっと想像もできない様な魔法も使えるでしょう」
リニアスは私に背を向ける。
「消えちゃうの?」
「いいえ、私は麗奈の心の中に居ます。何かありましたら心の中で私を呼んでください」
「分かった」
「あ、でも、なにも無くても時々話しかけてくれると嬉しいです」
そう言ってリニアスは少し振り返り、笑みを浮かべた。そしてリニアスの姿が少しずつ消えていく。
「……奈っ!」
うん……結衣の声?
「……麗奈っ!」
「ん……結衣?」
「あ、気がついた!?」
気がつくと私達の部屋のベッドに居た。同時に、涙を浮かべた結衣が私に抱きついてくる。
「良かった……いきなり倒れてそれで、ずっと気を失ってて、いくら呼んでも気がつかなくて……」
結衣の目が随分と赤くなっている。きっと私の意識が戻るまでも、心配して泣き続けていたのだと思う。
「心配させてごめん。私のせいで結衣を泣かせてしまって……」
「ううん、気がついて本当に良かった」
私が結衣の頭を撫でてあげていると、次第に嗚咽が聞こえなくなった。その代わりに私の腕の中から穏やかな寝息が聞こえてくる。ずっと泣いていたから泣き疲れたのだろう。
ガチャ
そのまま少しすると扉が開いた。
「麗奈っ! よかった……麗奈が倒れたと聞いて、心配していました」
入ってきたのはエルで、私に気がつくとほっと胸をなで下ろした。
「心配してくれてありがとう」
エルの目にも泣いた跡があった。随分と心配してくれたのだろう。
「もし、意識が戻らなかったらどうしようかと……」
「心配させてしまってごめん」
「本当に良かったです。あ、お父様とお母様に伝えてきます!」
そう言うとエルは急いで部屋を出て行った。エルがお城の中で走っているのを初めて気がする。それにしても一体どれくらいの間意識を失っていたのだろう。ふと窓の外を見ると随分と暗くなっていた。
暫くすると、エルがカイゼルさんとセリアさんと共に戻ってきた。
「麗奈の意識が戻ってホッとしました。私の配慮が至らなかったばかりに、このような事になってしまって……」
「私達が模擬戦を提案しなければ、誠に申し訳ございませんでした」
カイゼルさんとセリアさんはそう言って頭を下げる。
「いえ、模擬戦を承諾したのは私ですから、気にしないでください」
「ありがとうございます。それにしても驚きました。麗奈がフラムスの魔法をかき消したと思えば急に倒れて……」
確かフラムスさんの魔法がきて……。
「あっ! そういえばカイゼルさん! 結衣は大丈夫でしたか!?」
「ああっ、それに関しては誠に申し訳ございませんでした。私の対応が遅れたばかりに結衣に怪我をさせてしまって……。少し火傷をしていましたが、あの後すぐに治療しました。綺麗に治っている筈です」
良かった……。
「そうでしたか。安心しました」
「本当にすみませんでした。それにしても一体何があったのでしょうか。ただの魔力の消耗であればこんなにも長く意識を失っていることは無いはずなのですが……」
「そうだ、私は一体どれくらいの間意識を失っていたのでしょうか」
「そうですね……およそ十時間程です」
カイゼルさんは時間を確認してから言った。
「十時間……そんなにも長く……。実は、意識を失っている間にリニアスに会いました」
「何と! あのリニアスにですか!?」
結衣が一瞬、体を動かす。
「ああ、申し訳ございません。つい驚いてしまって」
カイゼルさんは声を少し小さくして言った。
「それにしても、リニアスと会ったというのはどういうことなのでしょうか。お父様、何かご存知ですか?」
「いや、私にも分からない。セリアは何か知っているか」
「いえ、私にも分かりません」
「ふむ……麗奈、よろしければ詳しくお聞かせいただけませんか?」
「はい。私が倒れたのは――」
「あなた、今日はもう遅いですから、それに麗奈も未だ回復しきってはいない筈です。また明日にしましょう」
「おお、気がつかず申し訳ございません。それでは、私達はこれで失礼します。朝は少し遅くするよう伝えておきますから、ゆっくりと休んでください」
「はい、ありがとうございます」
「今日は本当に申し訳ございませんでした。それでは」
カイゼルさんとセリアさんはもう一度頭を下げてから部屋を出て行った。
「セリアさんが言った通り、まだ回復していないみたい。随分と長い間寝ていたみたいだけど、また眠くなってきたよ」
「私も安心したら急に疲れが出てきました」
「エル、心配してくれて本当にありがとう」
エルは服を脱ぐとベッドへ入ってきた。本当にずっと心配してくれていたのだろう、すぐに寝息が聞こえてきた。私も二人の温もりを感じながら目を閉じた。




