第18話 城内探検 後編
「此処が魔法の訓練場です」
フェルディさん達と別れた後、セリアさんに連れられて少し歩くと、石で造られた大きな神殿のような場所へ来た。
「何ていうか、入りづらいね……」
目の前にある、人間の力で開けることは出来ないであろう巨大な石の扉からは、結衣の言う通り厳かな雰囲気を漂わせている。
「ふふ、確かに入りやすい場所とはいえませんね」
「どうやって入るのですか?」
「この扉は魔力がある程度無ければ開けることが出来ないようになっています。一定以上の魔力を持っていれば此処へ手をかざすだけで開きます」
セリアさんがそう言いながら扉に刻まれた円形の模様へ手をかざすと、重い音を立てながらゆっくりと左右へ開いた。
「真っ暗……あの神殿と同じ感じがするね……」
「私達が来た場所だよね。確かクルス神殿だったかな」
セリアさんの後ろについて暗闇の中へ足を踏み入れる。私達が中に入って少しすると背中から扉の閉まる音がした。それと同時に真っ直ぐに並んだ左右の柱に灯りがついていく。
「やっぱり中も広いんだね~」
「あの扉の奥で訓練をしている筈です」
セリアさんが指した灯りの先にある黒い扉の近くへ行くと、一瞬白く光り、独りでに開いた。
「あ、自動ドアだね」
「これも魔力ですか?」
「はい、近づいた者の魔力に反応して開くようになっています」
「もっと意識を集中しろ!」
私達が入ると、奥の方からカイゼルさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「ふふふ、やっているみたいですね」
奥へ行くと五十メートル四方程の、石で出来た舞台があり、中心にカイゼルさんが立っている。
「あなた、麗奈達をお連れしましたよ」
「おや――暫く休憩だ。休憩の後は模擬戦を行う。各々準備しておくように」
カイゼルさんはそう告げると私達の方へ来た。
「すみません。お待たせしました」
「いつものカイゼルさんと少し違ったので驚きました」
訓練を見ている時のカイゼルさんはいつもの穏やかなイメージとは異なり、気迫があった。
「おや、恥ずかしいところを見られてしまいましたね」
「いえ、そんなことありませんでしたよ。格好良かったです」
確かに結衣の言う通り格好良い。
「これから得意とする属性毎に分かれて模擬戦を行います。ゆっくり見ていってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「セリア、判定を手伝ってくれるか?」
「ええ、分かりました。お二人ともあちらの椅子に座っていてください」
石で出来た長椅子に私達は腰かけた。
「休憩は終りだ。風属性と土属性で模擬戦第一試合を行う。速やかに用意するように」
カイゼルさんの合図で舞台の左右に整列する。
「ふわ~、皆魔法使いなんだね~」
私達から見て左手に風属性の人、右手に土属性の人が並んでいる。結衣の言う通り全員魔法使いなのだろう。髪の色ですぐに分かった。人数は風属性の方が少し多い。風属性の人は十五人程、土属性の人は十人位だ。
「これより模擬戦第一試合を行う。セリアにも判定を手伝ってもらう。互いに気を抜かず全力で挑むように」
「失礼ですが国王陛下」
私達と少し離れたところに火属性と水属性の人達が座っている。その中の深紅の髪をオールバックにした長身の男性が尋ねた。
「どうした」
「あちらに座っておられる方々は一体」
「ああ、お二人は娘の友人で私の客人だ。模擬戦を見学してもらおうと思っている」
「……そうですか」
その男性はそう言って再び椅子に腰を下ろした。少し不満そうに感じたのは気のせいだろうか。
「では、これより模擬戦第一試合を行う――始め!」
『大気よ、烈風となれ!』
風属性チームの人達が一斉に詠唱する。突然風が吹き始め、鋭利な刃と化した風が土属性チームの人に襲いかかった。
『大地よ、隆起せよ!』
土属性チームの男性が一人、一歩前に出て詠唱する。地響きと共に、地面から土の壁が現れ、烈風から身を守った。
『灼熱の大地よ総てを飲み込め』
男性の後ろで他の人達が詠唱を終えた。空気の温度が一気に上昇し、地面が割れ溶岩が噴き出した。それは波となり風属性チームへ押し寄せる。風属性チームの人も詠唱をしているが間に合いそうにない。
『土壁』
溶岩が風属性チームの人へ襲いかかろうという時、溶岩の波はカイゼルさんの出した土の壁に阻まれた。
「そこまで! 土属性側の勝利とする!」
舞台の上から風属性と土属性のチームの人達が降りる。カイゼルさんが何言か詠唱すると、壊された舞台が元通りになった。
「凄かったね~……思わず手に汗握ったよ」
「私も見入っていたよ。……あ、次の試合が始まるみたいだね」
舞台の左手に火属性チーム、右手に水属性チームの人達が上がった。火属性チームは人数が少ない。メンバーは先程のオールバックの男性を加えて三人。対する水属性チームは風属性チームよりも更に多く二十人程居る。
「麗奈はどっちが勝つと思う?」
魔法に人数が関係するのか分からないが、自然に考えると多勢に無勢、水属性チームが勝つと思う。
「うーん、人数から見て水属性チームじゃないかな」
「やっぱりそうだよね」
「これより模擬戦第二試合を行う――始め!」
カイゼルさんの声で両チーム共一斉に詠唱を始める。
『水よ!』
『今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
水属性チームの人が二つの魔法を詠唱した。
「麗奈、あの魔法って」
「うん、エルが使っていたよね」
湧水の魔法によりそれまで何も無かった空間に膨大な量の水が現れる。従水の魔法でその場に留まっているが、一度それが解かれると堰を切ったように辺りを押し流すだろう。
「眼前の敵を飲み込め!」
その膨大な量の水が轟音をあげながら火属性チームへと迫る。
『炎よ、壁となり我が身を守れ!』
迫りくる水を炎の壁が次々と蒸発させていく。オールバックの男性だけは後ろに一歩下がり詠唱を続け、その前方に立つ二人がやや押されながらもその壁を維持している。
『解!』
突然聞こえた声に私達は水属性チームの方へ視線を向ける。
「えっ」
結衣が思わず声をあげる。
それまで従水の魔法によって支えられていた水はその力を失い一斉に流れだした。水は当然のように私達の方へも押し寄せる。
――胸に着けた景玉が光り輝く。私の周りだけ穴が開いたように水は来なかった。
「助かった……ドキッとしたよ」
「景玉に助けられたね」
水の勢いも収まり、私達が一息ついていると突如、空気の温度が跳ね上がった。目の前に巨大な火の玉が浮かんでいる。
『焼き尽くせ』
オールバックの男性がそう言った瞬間、温度はさらに上昇した。尋常ではない熱量を持った火の玉はそのまま水属性チームへ向かって穏やかに落ちていく。
『今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
咄嗟に従水の魔法を詠唱し、辺りの水をその火の玉へとぶつけるが圧倒的な熱量によって一瞬のうちに蒸発させられた。
「そこまで!」
カイゼルさんの声と同時に火の玉も消える。
「火属性側の勝利とする」
「ふふ、さすがですね」
セリアさんは笑っている。
「フラムス、見事だ」
「ありがとうございます」
フラムスと呼ばれたオールバックの男性は頭を下げた。
「あの人、フラムスさんって言うんだ。強かったね~」
「うん、一枚上手といった感じだね」
「この後はチームを組み模擬戦を行う。得意とする属性は問わない。試合までに二組に分かれておくように」
「国王陛下」
フラムスさんが尋ねる。
「陛下の客人であるあちらの御二方は参加されないのですか」
「特に考えてはいないが……どうした」
「戦わせていただけませんか。金と青の髪、御二方とも魔法使いなのでしょう。是非とも一度御手合わせを」
「ふむ……しかし、二人とも魔法による戦闘はほとんど経験したことが無い。日々訓練をしている御前達とまともに戦うことはできないだろう」
「あなた、それはどうか分かりませんよ」
「セリア、それはどういうことだ」
「先程、剣の訓練場で麗奈とフェルディが試合をしたのですが、フェルディが全力を出してしまう程いい勝負をしていました」
「それは本当か! あのフェルディに全力を出させるとは……面白いかもしれんな――麗奈、結衣」
私達はカイゼルさんに呼ばれて舞台の上に上がる。
「なんでしょう」
「どうしたんですか?」
「お二人にお願いがあるのです。このフラムスと試合をしていただけませんか。どうしてもお二人と試合をしたいと言っているのです」
「構いませんが私達は魔法をほとんど知らないので、相手になるかどうか……」
「危ない時は私とセリアがお守りしますのでお願いできませんか」
「分かりました。結衣、良いよね?」
「うん、オッケーだよ」
「ありがとうございます」
「お二人ともよろしくお願いします」
フラムスさんがお辞儀をする。
「よろしくお願いします」
「それでは、これより予定を変更してフラムスとこちらのお二人で試合を行う。他の者はしっかりと目で学ぶように――私の合図で試合開始です。あちらに並んでください」
カイゼルさんに従い、フラムスさんと距離を取って、私達は横に並んだ。
「始め!」
「麗奈、どうすればいいのかな」
「さっきしていたみたいに、水を出してそれをぶつければいいんじゃないかな」
「うん、やってみるね」
私達がそうして話している間、フラムスさんは何もせずにこちらを見ている。
『水よ!』
結衣が詠唱した。何もない空間にグラス一杯程の水が現れる。
『今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
ゆっくりと水が浮かび上がり、結衣が突き出した手の前で止まった。
「えいっ!」
結衣の声と同時に水がフラムスさんへ向けて動き出す。少しずつスピードは上がっていき、自転車程の速度でフラムスさんに水の玉が当たった。
「どうっ? 効いた?」
結衣が魔法を使っている間閉じていた目を開く。
「うーん、フラムスさんの服は濡れたけど……」
「その程度ですか? 先程の試合で水から身を守ったのを見て、期待していたのですが……」
がっかりしたような声でフラムスさんが言う。
『炎よ!』
フラムスさんの手の上に小さな火球が現れた。
「これを耐えることが出来ますか?」
火球が結衣へ放たれる。私は咄嗟に結衣の前に立つ。
「どうやら気のせいではなかったようですね」
フラムスさんの放った火球は私の景玉によってかき消された。
「それなら、これはいかがですか?」
『灼熱の炎よ、総てを焼き払え!』
詠唱と同時にフラムスさんが手を振り払う。突如現れた炎が私達に襲いかかった。
「きゃっ!」
結衣は咄嗟に頭を抱えてしゃがみこむ。襲いかかった炎は再び景玉によって消え去ったが、炎が当たった場所が少し熱かった。今よりも強力な攻撃であれば景玉だけでは耐えられないだろう。
「どうやら、相手にとって不足はないようです。小手調べは終りにしましょう。行きますよ!」
空気が変わる。それまで感じなかった威圧感が体を突く。
「結衣、大丈夫?」
「何とか。もう一回やってみるね」
『水よ。今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
コツをつかんだのか、先ほどよりも速い速度で水の玉がフラムスさんに向かって飛んでいく。
『燃え盛る炎、その熱を以て、大地を焦土とせよ』
先程までとは比べ物にならない熱を帯びた炎が地面を這って襲いかかってくる。途中、結衣の放った水の玉は一瞬にして蒸発させられた。
景玉ではおそらく耐えられない。私は咄嗟に手を突き出していた。薄い壁の様なものが私の前に現れる。それに炎がぶつかり、私の体に衝撃が走った。
「くっ!」
炎に押され、徐々に後ろへ下がる、それと共に炎も少しずつ弱まっていく。一メートル程下がったところで、炎が消えた。
「守ってばかりでは、どうにもなりませんよ」
『燃え盛る炎、その熱を以て、大地を焦土とせよ』
再び私達に炎が襲いかかる。先よりも強い。
『水よ!』
『水よ!』
結衣に合わせて私も詠唱する。グラス一杯程の水が一瞬にして膨れ上がった。お風呂の水くらいはあるだろう。
『今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
従水の魔法でそれを炎へぶつける。水は全て蒸発したが、炎の勢いが弱まった。私の足元に襲いかかった炎は景玉によって弾かれる。
「ごめん、麗奈。ちょっと……限界、かも」
結衣が座りこんでしまった。魔法で魔力を使い過ぎたのだろう。
「大丈夫。結衣は休んでて」
『水よ。今、此処に在りし水よ、我が意に従え!』
私の出した水が一筋の線となってフラムスさんに飛んでいく。
『灼熱の炎よ、総てを焼き払え!』
しかし、フラムスさんの出した炎によって阻まれてしまった。
「その程度の魔法では駄目ですね。これで終わりにしましょう」
『灼熱の炎を司りし炎の精よ、その力を具現せし蒼き焔よ、我が求めに応え、総てを塵灰と化せ!』
フラムスさんの体を覆うようにして蒼色の焔が現れた。途端、焼け付くような空気に呼吸が苦しくなる。フラムスさんが手を振り、焔がゆっくりと、地面を溶かしながら迫ってくる。
フラムスさんがサッと手を振り払った。一瞬にして速度をあげた焔は矢のように私へ突き進んでくる。
『水よ!』
水を出し、そして手を突き出して身を守る。水は瞬く間に消え、焔は私にぶつかった。先程よりも遥かに大きな衝撃が全身に走る。魔力の壁に当たった焔は周囲にその熱をばら撒く。それは後ろで座り込んでいた結衣にも襲いかかった。
「つっ!」
「結衣っ!」
結衣の声が聞こえた瞬間、結衣の周りを土の壁が囲んだ。
指輪が光を放つ。蒼色の焔は一瞬にして消え去った。
「おお……」
「まあ……」
「……おい、冗談だろ」
フラムスさんの声を最後に私は意識を失った。




