第15話 二人の少女
私達が広間へ行くと既にカイゼルさんとセリアさんがいつもの席に座っていた。
「お待ちしておりました。さあどうぞ」
カイゼルさんに促されて私達も席につく。いつものようにカイゼルさんが手を叩くと料理が運ばれて来た。全員に飲み物が注がれたところでカイゼルさんが口を開いた。
「街はいかがでしたか……と、本来ならば尋ねるところですが、フェルディから話は聞きました」
「すみません。私が店を見たいなんて言わなければ……」
結衣が咄嗟に頭を下げて謝った。
「顔をあげてください。責任は奴隷商をしっかりと取り締まることが出来ていない私達にあります」
「セリアの言う通りです。私達が至らないばかりにこのような事になってしまって……それに街を見るように勧めたのは私です。結衣は悪くありません」
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」
「お父様、この話はここまでにしましょう。幸いにも大した怪我はありませんでしたし、折角の料理が美味しく無くなってしまいます」
「それもそうだな……」
「そういえばこのアプレムの搾り汁、エルが買ったのでしたね。給仕長が大量に届いたと驚いていましたよ」
セリアさんはそう言って笑うとグラスに口をつけた。
「私もアプレムは久しぶりに飲みます。飲みたいと思ってもなかなか飲むことが出来るものではありませんので」
「ふふ、アプレムの搾り汁は結衣が見つけたんですよ」
「おお、それは結衣に感謝しなくてはいけませんね。はっはっは」
「お金を払ってくれたのはエルだけどね」
「それでもお店を見つけたのは結衣ですから」
あ、そういえばカイゼルさんにお願いしたいことがあったんだ。
「あの、カイゼルさん」
「おや、麗奈どうされましたか」
「実はお願いがあるのです」
「何でしょう。私で力になれることでしたら何でも言ってください」
「その……お店を出したいのです」
「お店……ですか?」
皆が首を傾げている。
「はい。お世話になってばかりいるので、お金くらいは自分で稼ぎたいと思いまして」
「なるほど……しかしながら、お話ししたように私達は過去にリニアスから言い表すことのできない程の恩を受けています。ですから、気を遣っていただく必要はありませんよ」
カイゼルさんはそう言って微笑む。
「ただ、国を救ったのはリニアスであり、私ではありません。それに……こちらが主なのですが、自分で何かしてみたいのです」
「ふむ……セリア、どう思う」
「よろしいのではないでしょうか。麗奈の頼みとあれば断るわけにもいかないでしょう。この世界のことを知ってもらうという意味でも良いと思いますよ」
「セリアがそう言うのであれば……分かりました。それで、どういったお店を出されるのでしょう」
思っていたよりもあっさりと許可を貰えてよかった。
「カイゼルさん、セリアさん、ありがとうございます。お店の内容は――」
「麗奈、もしかしてあれ?」
「うん、そうだよ。えっと、何でも屋をしようと思っています」
「何でも屋……聞いたことがありませんね」
「私も初めて聞きます。何でも屋とは一体何でしょう」
セリアさんは興味津々といった様子。
「はい。端的に言いますと、依頼を受けてそれをこなすというものです。名前の通り、依頼の内容は問いません」
「なるほど。とても便利なお店ですね。ふふ、私も利用させていただくかもしれません」
「今の話だと、お店を出す上で特に必要な物などはなさそうですね」
「はい。お店さえあれば大丈夫です」
「分かりました。それでは、土地と建物を用意させていただきます」
「ありがとうございます」
「どこか場所の希望はありますか?」
「どこが良いのか、よく分からないのですが、人通りの多いところが有り難いです」
「ん? エル、どうしたのそんなに考え込んで」
結衣の声でエルの方を見ると、確かに腕を組んで難しい顔をしている。
「人通りの多い場所……それでしたら今日行かれた商業区が良さそうですね。居住区も近くこの街では最も人通りが多い場所です。いかがでしょう?」
確かにかなりの人で賑わっていた。何でも屋をするにはもってこいの場所だろう。
「まったく問題ありません。お願いします」
「それでは手配しておきます」
「お父様!」
それまで何事か考えていたエルが急に声をあげた。
「エル、急にどうした」
「あの、麗奈のお店の件、私に任せていただけませんか。麗奈達のために何かしたいのです」
「ふむ……麗奈、いかがでしょうか。エルがこう言っているのですが」
「ありがとう。エル、是非ともお願い」
「はい! 任せてください!」
「決まりましたね。エル、何かあれば言うように」
「分かりました」
コンコン
「失礼します」
広間の扉がノックされて、他の人とは色の異なったエプロンドレスを着た給仕の方が入ってきた。
「ん、給仕長か。どうした」
カイゼルさんがそう言うと、給仕長さんは扉の外へ向かって手招きをした。
「し、失礼します」
緊張した様子で扉から入ってきたのは、私達が助けた二人の女の子だった。
「あっ!」
エルが驚きの声をあげる。
「おや、その子達がエル達の助けたという……」
「そうです。眠らされているようでしたので、医務室で預かってもらっていました。先にお父様の所へ行った方が良いかとも思ったのですが……」
「侍医から、二人が気がついたと聞きましたのでお連れいたしました」
女の子達は給仕長さんの後に続いてカイゼルさんの前へ来た。
「お父様、この子達はどうなるのでしょう」
「とりあえず、二人の名前を聞きましょう。貴方達の名前を教えていただけませんか?」
カイゼルさんが二人に向かって尋ねる。
「メルナです」
「カレルです」
「メルナとカレルですね。これからいくつか質問をしますが、答えられる範囲で良いので答えてください」
カイゼルさんがそう言うと、二人の内の一人がコクリと頷いた。
「では初めに、お二人はどうして捕まっていたのですか?」
「……親に売られました」
「二人は何歳ですか?」
その場に居る皆が驚きや悲壮な表情を浮かべている中、カイゼルさんは淡々と質問を続ける。
「私が十三歳で、カレルは十二歳です」
中学生くらいになるのか……私が思っていたよりも歳が上だった。外見からはもう少し幼い印象を受ける。
「お二人の両親は今どうしていますか?」
「……分かりません」
「どなたか知り合いの方は居ますか?」
「居ません」
「なるほど……ありがとうございます。身寄りも無いとなると……ふむ」
「あなた、こういうのはいかがでしょう」
セリアさんがカイゼルさんに耳打ちする。
「セリアも私も同じことを考えていたか。いかがでしょう。お二人が良ければこの城で働きませんか? 住み込みになりますが、どうでしょうか」
「よ、よろしいのですか!? 私達の様な者を城に置いていただいて……」
「もちろんです。ただ、麗奈と結衣の専属の給仕係として働いていただこうと思っていますので、二人が構わなければ、ですが」
カイゼルさんがそう言って私達の方に視線を向けると、二人も私達の方を見る。私と結衣はお互いの顔を見て頷く。
「もちろん大歓迎です」
「あ、ありがとうございます!」
二人の表情が不安そうな顔から一転して笑顔になった。
「それでは、これからよろしくお願いしますね。給仕長、この子達を頼む」
「畏まりました。お二人は明日から私の元へ来てください。給仕の仕事について学んでいただきます」
「はい! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
そう言って二人は給仕長さんに頭を下げる。
「では、私はこれで失礼します」
給仕長さんは一礼してから広間を出て行った。
「お父様、ありがとうございます」
「麗奈達の給仕係をどうしようか悩んでいたところだ。丁度良かったよ」
「あ、えっと……カイゼルさん。今の話の後で言い辛いのですが、私達はお店が完成したらそちらに住もうと思っています」
「おや、そうでしたか」
「あ、そうなの?」
「えっ、麗奈達居なくなってしまうのですか!?」
「うん。さっきも言ったけど、御世話になってばかりだから」
「それでしたら、メルナ達にはそのお店で麗奈達と給仕をしてもらいましょう。それでいかがでしょうか」
「ありがとうございます。すみません、無理を言って」
「お気になさらないでください」
「それにしても、麗奈達が居なくなると寂しくなってしまいますね……」
エルが少し涙を浮かべている。
「今すぐじゃないから、泣くのは早いよ」
「それもそうですね。想像したらつい……」
「数日で随分と仲良くなったみたいですね」
セリアさんが嬉しそうに微笑んでいる。
「はい、ずっと前から一緒に居た気がします。ね、結衣」
「うん、私も数日前に知り合ったばかりとは思えないよ」
「そういえば、今日はお二人が治癒の魔法を使ったと聞きました」
食事を終えた後、皆でのんびりと談笑していると、セリアさんが思い出したように言った。
「おお、そうでした。エルの怪我を治していただいたのでしたね」
「あはは……私はうまく使えなかったので、実際に治したのは麗奈だけなんですけどね」
「治癒は難しい魔法なので、うまく使えなくても仕方がありません。私も土の属性が得意なのである程度は使えますが、火の属性に少し偏っているので、それほど大きな効果は得られません」
まさか、カイゼルさんにもうまく扱えない魔法だったなんて。
「私は得意属性が火なので使うことすらできませんね」
「そんなに凄い魔法だったのですね……」
「あっ、忘れていました! お父様、麗奈の治癒の魔法なのですが、詠唱をする前に効果が現れたのです。一体どういうことなのでしょうか」
「おや、やはりそうでしたか」
「やはり、ということはカイゼルさんはご存知なのですか?」
「いえ……今朝、麗奈が湧水の魔法を使った際に少し気になっていたのです。ただ、湧水の魔法は詠唱が短いため聞き逃しただけかと思っていました。しかし治癒の魔法でも、となれば間違いなさそうです」
そういえば、湧水の魔法の時も詠唱をした記憶はない。
「あなた、もしかして無詠唱魔法ではありませんか?」
「うむ、おそらくそうだろう」
「無詠唱魔法……私は聞いたことがありません」
エルが聞いたことが無いとなると、かなり珍しいものなのだろうか。
「カイゼルさん、その無詠唱魔法とは一体……」
「私も詳しいことは知らないのですが、名前の通り詠唱をせずに使う魔法のことです。古代の文献に無詠唱魔法について記されているものがあって、私もそれで読んだことしか知らないのですが、それには魔法を使うための詠唱を必要とせず、想い描き、念じることで魔法を使うことが出来るとされていました。また、無詠唱魔法は生まれ持った才能によるもので、それを使うことのできる者はごく僅かである、とも記されていました。おそらく、今生きている中で見たことのある者は居ないのではないでしょうか。そもそも、無詠唱魔法は伝説で存在しないものだとしている文献もあったほどです」
私はカイゼルさんの話を聞いて驚いた。そんなに凄い能力があったなんて。結衣とエルも愕然としている。
「さ、さすがは麗奈だね……」
「私も麗奈にその様な才能があったとは驚きです。光属性に無詠唱魔法ですか……実際に見ることが出来るとは夢としか思えません」
「あはは……私もなんだか夢のような気がしてきました」
「うーん……まあでも、麗奈ならなんとなく分かる気もする」
「……そう?」
「うん。なんとなく、だけどね」
「あら。あなた、もうかなり遅いですよ」
「おや、随分と長く話してしまいました。楽しい時間は経つのが早いですね」
「そうですね、私もついつい話し込んでしまいました」
それにしても本当に長く話していた。食事の時間も合わせると五時間くらい広間に居たのではないだろうか。
「では、そろそろ戻りましょうか。私も明日からはお店の準備で忙しくなりますし」
「あ、そういえばお店のこと忘れてたよ。楽しみにしてるね」
「立派なお店にしますから、期待していてください」
「それじゃあ行こうか。カイゼルさん、セリアさんお休みなさい」
「お休みなさい、ゆっくり休んでくださいね」
広間を後にした私達は部屋に戻るとすぐにベッドへ入った。今日はいろいろな事があったせいで疲れていたのだろう。すぐに私達を睡魔が襲った。




