残された受領印
検査室の技師シモンは、年末の棚卸しで番号の合わない箱を一つ見つけた。記録には搬出済みとあり、現物の所在は空白だった。箱にはヴァルノワで亡くなった乳児の検査資料が含まれていた。
彼はまず、自分が見落としている記録を疑った。電子台帳と紙の受領簿を照らし合わせ、担当した三人の名前を確かめた。受領簿の最後には、中央機関の丸い印が押されている。だが押印者の署名がない。
「去年も一度あったでしょう」
先輩の技師が言った。
「あれは翌週、正規の送り状が届きました」
「今回は」
「届いていません」
シモンは用紙をコピーした。規定に従い不足資料の照会を出し、その控えも作った。手元にある数字はひどく事務的で、死んだ子どもの名前を思い起こさせるものではない。それでも番号を欠かしたままにすれば、後から何を調べてもつながらなくなる。
隣の作業台では新人が検体の管理票をつけ間違え、シモンにやり直しを頼まれていた。どんな小さな誤記でも、後から分かるように訂正印を残す。それがこの部屋の習慣だった。だから受領者の分からない書類を、見なかったことにはできなかった。
昼過ぎ、中央の担当者を名乗る男から電話があった。照会は取り下げてよい、資料は確かに届いている、と言う。
「受領者の名前をお願いします」
男は少し黙り、『担当の部署名で十分です』と答えた。
隣の机の新人は、そこまで調べる必要があるのかと尋ねた。シモンは規則のページを開いて示すだけにした。
シモンは受話器を置き、通話内容を記録した。資料が見つかったわけではない。名前が一つ増えなかっただけだ。
窓の外では、灰色の雪が降り始めていた。




