印刷されなかった一行
週刊紙『北の窓』の記者ナディア・フェランは、乳児の死亡を大きな事件として扱うつもりはなかった。町では冬の診療所閉鎖が問題になっており、取材の大半はそこに費やされていた。
それでも、母親が見せた小さな手帳のことが気に掛かった。そこには通話の日時と担当者の名前が並び、同じ質問の隣に、何度も短い横線が引かれていた。
「この件が他の町でも起きていると思いますか」
ナディアが尋ねると、クレールは手帳を閉じた。
「分かりません。だから確かめています」
それ以上は答えなかった。
記事の初稿には、検査資料の転送が遅れている、と一行だけ記した。編集長はその文を読み、出典をもう一つ求めた。報道として当然の判断だった。ナディアは確認先へ三度電話し、つながらなかったことを伝えた。
ナディアの父は年老いた時計職人で、娘が訪ねるたびに店の売上を隠そうとした。町の人々は新聞が潰れれば困ると言いながら、購読料を払う余裕も失いつつあった。編集長が慎重なのは、圧力に屈しているからとばかりは言えなかった。
翌朝、新聞は診療所の記事を一面に載せた。乳児死亡は六面の短い記事になり、問題の一行は印刷されなかった。
記事にならなかった情報にも責任は残る。ナディアは取材先への約束だけは守ると決めていた。
ナディアは抗議しなかった。証拠を集めなければ記事にはできない。ただ、編集用のフォルダーから初稿が消えていることには気づいた。整理した誰かが間違えたのかもしれない。
彼女は持ち帰っていた取材ノートに、その一行を改めて書いた。
町の診療所には、翌週も診察を待つ人が並んだ。病気の人も、亡くなった子の親も、同じ窓口で順番を待っていた。




