手帳の余白
マチューは新年の最初の巡回で、モロー家の前に一台の自転車があるのを見た。荷台には買い物籠、前輪の泥よけには小さな傷。クレールが町内を移動するときに使うものだった。
彼女は最近、公共の閲覧室へ通っている。市役所の職員が世間話のついでにそう教えた。昔の地図や開発許可を見ているらしい。公的記録を調べるだけなら、何の問題もない。
閲覧室の司書はクレールが借りた資料の題名を詳しくは覚えていなかった。ただ、古い道路台帳に載る地名の読み方を尋ねられたという。マチューはその地名を自分の地図で調べてみたが、今はバスも通らない農道が一本あるだけだった。
その日の午後、マチューは検査資料の移送先について再照会した。返ってきた文面は前回と同じで、担当者の名前もない。上司は一度、事件の扱いを検討し直すべきだと言った。
「調べる根拠が足りない。だからこそ未解決なのでは」
マチューの言葉に、上司は苛立たなかった。地方では珍しくない行き詰まりだった。ただし中央の部署から繰り返し連絡が来る理由も分からない。
署の廊下には雨の日用の古い傘がまとめて置かれ、町の誰でも借りられた。クレールも一本、濡れた傘を返していった。
夕方、クレールが庁舎を訪ねてきた。新しい質問は一つだけだった。
「医師の報告書は、最初に誰が読んだのですか」
マチューは答えられる範囲を説明した。彼女は礼を言って帰った。声は穏やかだった。
机に戻った彼は、古い面談記録を開いた。最初の頃、彼女は『なぜ』を何度も尋ねていた。いまは『誰が』『いつ』ばかりを聞く。
変化の理由を、マチューは報告書に書かなかった。ただ面談の時刻を一分単位で残した。




