通らなかった証言
アンリは県都の病院で、傷害事件の被害者に写真を見せた。クレールに似ているとされた人物は、事件の晩、別の町の病院で勤務していたことが確認された。見間違いは珍しくない。被害者はそれを聞き、どこか申し訳なさそうにうつむいた。
「あなたが悪いわけじゃありません。分からないことは分からないと書きます」
アンリは調書を閉じた。被害者の妻は待合室で娘に絵本を読んでいる。子どもが父親の傷を怖がるため、面会は短い時間に限っていた。
警察の内部では捜査資料を共有する範囲を巡って議論が続いている。別件で得た情報を安易につなげれば、無関係な人間が疑われる。だが分けすぎれば、共通点を見落とす。
アンリはマチューと電話で相談し、証言の不確かな部分を赤字にせず、別欄へ整理した。訂正する前の記録も残す。どこで判断が変わったかを、後から確認できるようにするためだった。
帰署したとき、若い巡査が迷子の少年を連れてきた。アンリは少年に水を渡し、迎えに来た祖父の手を見届けた。
専門家は識別の難しさについて長い説明をした。恐怖の中で見た相手の顔は、後から見せられた写真に左右されることがある。アンリは最初に写真を選んだ自分たちの手順も検査してもらうことにした。捜査班では誰かが間違えたと責める声が上がったが、責任を明らかにすることと人を萎縮させることは違う。マチューは部下の判断を記録し、必要な訂正を求めた。被害者に対しては、同じ検査を繰り返す前に医師の助言を得ると説明した。急ぐ気持ちだけで証拠は増えない。
誰かを見つける仕事は、いつも容疑者を見つける仕事ではない。




