誰もいない事務所
会計会社のルイーズが朝出勤すると、屋敷の担当部署だけが空になっていた。机も棚も残っているが、職員の私物はない。前夜に異動が決まり、新しい事務所へ移ったという。会社は通常業務の再編だと説明した。
「引継ぎは誰が受けたんですか」
ルイーズは尋ねた。
「本部の管理部です」
その管理部は別の国に置かれていた。古い顧客の帳簿が今どこにあるのか、社内の誰もすぐ答えられない。ルイーズは不安を覚え、社内規定に沿って資料の所在確認を求めた。
昼頃、県都の警察から連絡が入った。負傷した会計士の勤務履歴について、正規の照会をしたいという。会社は法務担当を同席させ、必要な範囲で応じた。
会計会社の受付には、空になった部署の取引先から問い合わせが続いた。誰に請求書を出せばよいのか、先月の支払いはどうなるのか。ルイーズは自分の担当ではないと断りかけ、困っている相手の声を聞いて窓口を探した。作業は増えたが、他の職員も手伝った。夜になると本部から一斉通知が届いた。移転は決定済みで、個別事情についての問い合わせは受け付けないという。翌朝、従業員代表が話し合いを求めることになった。会社が動くとき、消えるのは机の人影だけではなかった。
夕方、近所の食堂で従業員たちが異動の話をしていた。転勤できない人間もいる。親の介護や子どもの学校を理由に、退職を選ぶ者まで出ていた。
ルイーズは飲み物を飲み終え、家へ帰った。書類が消える時には、その背後に働いていた人間の生活も動いている。彼女は翌日、引継ぎ責任者の名前をもう一度求めるつもりだった。




