旧姓の一文字
屋敷の土地登記を調べるアルマンは、送金を続ける法人の代表者に古い旧姓があると知った。役員名簿には、数年前に死亡した女性の名が今も残っている。更新手続きが遅れただけかもしれない。
彼は法人の現在の窓口へ連絡し、訂正資料を求めた。返ってきたのは、一族の代理人を名乗る法律家からの丁寧な手紙だった。相続手続きは非公開で進行中とあり、具体的な人物名はない。
新人補助員が古い家系図を持ってきた。地域の図書館で公開されたもので、同じ姓の人物が何代も続く。だが一致するのは一文字だけだった。
「似た名前は珍しくないよ」
アルマンは言った。
事務所の外では秋の市場が始まり、通りに焼き栗の香りが広がった。補助員は昼休みに新しい靴を買い、嬉しそうに見せに来た。アルマンはそんな小さな出来事が続く職場を、できるだけ守りたかった。
アルマンは、赤い線の引かれた家系図の出典を確かめた。古い慈善団体の会報が原資料で、血縁の記述には伝聞が多い。そこに載った人物の一人は、幼い頃に別の家へ養子に出されたとされていた。だが公的な記録が欠けている。補助員は系図が正しいなら一族はもっと広いと指摘した。アルマンはその推測を書類に加えなかった。誰かの出生や死を、出所の不明な赤線だけで断定することはできない。個人の生涯は、系図の余白より複雑だった。
夕方、公証人のもとへ差出人不明の封書が届いた。中には家系図の一部だけが複写され、三人の名前に赤い線が引かれていた。誰が、何のために送ったのかは分からない。
アルマンは赤線の意味を推測せず、封筒ごと保存した。




