坂道の車
十一月の最初の霜が降りた日、整備工のパスカルは町外れの坂道で車両用の反射板を直していた。作業場へ来た捜査官は、ひと月ほど前の黒い乗用車について尋ねた。
パスカルは車の色より、車輪の音を覚えていた。橋の継ぎ目を越えるとき、重い車は独特の鈍い音を立てる。あの日の車は見た目ほど重くなかった。
「運転手一人だったんでしょう」
「なぜそう思うんです」
「空の車と、満員の車では音が違うんです。断言できるほどじゃないが」
捜査官はその言葉を証言欄に書き込んだ。
橋の上には監視装置がない。町議会は二年前から設置費を議論していたが、洪水対策と学校の屋根の修理が優先された。議事録に不正はない。財政に限りがある町では、そうして穴が残る。
橋の下の川は数日前の雨で増水し、遊歩道が一部閉鎖されていた。町の職員は道路の補修日程も見直す必要があった。パスカルの作業依頼は三件増え、車の話を長くする余裕はなかった。それでも捜査官の名刺は、作業服の胸ポケットに入れたままにした。
その日の昼、パスカルの娘が学校から帰り、橋の欄干に新しい傷があると話した。自転車で通るたびに気にしていた傷らしい。父親は仕事のついでに確かめたが、補修した時期を示す記録は残っていなかった。
彼の妻は記事を読み、五年前に流産した隣人のことを話した。誰の家でも子ども用の品物を捨てる日は難しい。パスカルは黙って聞き、食器を洗った。明日も仕事だと分かっているのに、なかなか眠れなかった。
夜、地元紙に乳児死亡の記事が小さく載った。捜査中、とだけ記されていた。パスカルは新聞を畳み、翌日の作業依頼を確認した。
同じ坂道を、翌朝も車が通る。
一台の車を覚えている者がいても、その車が誰を運んだのかまでは分からなかった。




