灰色の訪問者
ローズは薬局の前で、事件当日に門へ来た女によく似た人影を見た。灰色の上着、短い歩幅。声を掛ける前に人混みへ紛れ、後を追うこともできなかった。
マチューに知らせると、彼は薬局の買い物客を調べた。似た服装の人間は何人もおり、その日の映像に特徴的なものはない。ローズは落胆したが、思い出せない自分を責める必要はないと説明された。
彼女はその足でモロー家へ向かった。庭の土は固くなり、花壇に雑草が増えている。クレールは留守で、ジュリアンが昼食の皿を洗っていた。
「何か見た気がしたの」
「無理しないでください」
「でも、あの時も私が」
ジュリアンは首を振った。人を責める力さえ残っていなかった。ローズは鉢の土を入れ替え、使わなくなったじょうろを玄関に置いた。
薬局の店員は、灰色の上着を着た客の多さに驚いたと言った。寒い町では同じ色の防寒着を誰もが持っている。ローズが記憶をたどると、女の靴が濡れていたことだけは鮮明だった。ただ、その濡れ方を考えるほど、雨が降っていなかったという確信が揺らぐ。前の晩の水たまりが残っていたかもしれない。マチューは訂正できる余白を記録に残した。人の記憶を信用しないのではない。人の記憶を大切に扱うためだった。
夜、近所の人がローズへ電話を掛けてきた。薬局の女は観光客だったらしいという。ただし誰が確かめたのかは分からない。噂が事実に変わる速さに、ローズは疲れてしまった。
窓辺に座ると、モロー家の二階に灯りがともった。かつてはそこから子守歌が聞こえた。今は雨戸の隙間を細い光が通るだけだった。




