紙袋の底
隣家のローズは、台所の奥で古い紙袋を見つけた。事件の日、クレールが買ってきたパンの片方を包んでいたものだ。捨てるつもりで棚に入れ、そのまま忘れていた。袋の底には薬局の小さな領収書が貼り付いていた。
印字された時刻を見て、ローズは自分の記憶と合わないことに気づいた。彼女は救急車の時間だけでなく、灰色の上着の女が来た時間も曖昧に覚えていたらしい。
マチューへ電話すると、彼はすぐ駆けつけた。ローズは申し訳なさそうに、呼び鈴が鳴ったのはもっと早かったかもしれないと言った。
「間違えたことを、今から伝えてもよいのでしょうか」
「そのために記録を取り直すんです」
二人は時計の故障も改めて確かめた。時刻の誤認は、捜査の範囲を変えかねない。ローズは椅子へ腰を下ろし、長い間握っていた紙袋を開いた。
ローズは救急隊の人々にも詫びたくなった。だが責められるより先に、若い隊員が当日についての記録を一緒に確かめてくれた。救急の現場では、家族が時間を正確に覚えていないことも珍しくない。ローズは何度も礼を言い、そのまま帰宅した。午後には孫が訪れ、台所の時計を直してくれた。針は今度こそ正しく進み始めたが、それで事件の日の一時間が戻るわけではなかった。ローズは鳴る音を聞いて目を閉じた。
夕方、クレールが戸口を通った。ローズは声を掛けたが、相手は振り向いて短く礼を言うだけだった。寝台を前にして震えていた母親と同じ声だった。
ローズは家へ戻り、編みかけのマフラーを手に取った。ルカのために編んでいたものは、途中の段から進められなかった。




