死因の空欄
エティエンヌ・ヴェルネ医師は、検査記録に二度同じ日付を記入した。間違えたのではない。死亡推定時刻と発見時刻を別欄に書いても、数時間の幅が残ることを確かめたかった。
乳児には、外から確認できる明確な外傷がなかった。病歴には大きな異常がなく、定期診察も予定どおり受けている。検査を進めなければ死因は決められないし、検査を進めても分からない場合はある。
廊下で待っていた捜査官マチュー・ルグランは、報告書の上を指でたたいた。
「事件と考える根拠は」
「断定できません。事故とも病気とも、まだ言えません」
医師はその答えを嫌っていた。だが、遺族が求める言葉と医学が言える言葉が一致するとは限らない。
受付の職員が、搬送記録の写しを持ってきた。そこに記載された時刻は、隣家の女性が証言した呼び鈴の時刻と近かった。偶然かもしれない。だからこそ、消してはならない数字だった。
担当の看護師は退院時の記録を持参した。授乳量も体重の推移も平凡な数字ばかりだった。エティエンヌはその平凡さに救われたくなったが、記録の整った健康な子にも、説明できない死は起こる。事実のない場所へ希望や疑念を書き足してはならなかった。
夜、検査室に一通の電子通知が届いた。追加資料の閲覧権限が、理由の説明もなく中央の部署へ移されていた。地域の医師にとって珍しい処理ではないが、通知の発信元には担当者名がなかった。
エティエンヌは送信画面を印刷し、報告書の末尾に挟んだ。上司には翌朝説明するつもりだった。
彼は死因の欄に推測を書き足さなかった。
空欄は、何も起きなかったという意味ではなかった。




