最初の告発
春の初め、廃止倉庫で働いたことのある男が地方紙へ匿名の手紙を送った。十年ほど前、夜間に医療用の箱が運ばれていたという。中身も行き先も知らない。だが輸送表には、実在しない部署名が記載されていた。
ナディアはすぐ記事にしなかった。筆跡と記された勤務時間だけでは、書き手が本当に現場にいたか確かめられない。手紙の写しを封筒ごと保管し、古い労働者名簿を調べ始めた。
同じ頃、地元の掲示板ではモロー家について無責任な噂が広がっていた。幼い子の死を親の責任に結びつける書き込みもある。編集長は記事を出す前に家族への取材を控えるよう求めた。
ナディアはジュリアンへ連絡し、本人が望まなければ何も掲載しないと伝えた。工場の騒音の向こうで男は短く礼を言い、電話を切った。新聞社には給料の遅配が続き、若い記者が隣県へ転職する話まで出ていた。
ある晩、クレールが編集室を訪れ、匿名の手紙を見せてほしいと求めた。ナディアは拒んだ。情報源を守る責任は彼女にもある。クレールは反論せず、帰り際にただ一つ尋ねた。
手紙の消印は山を越えた都市のものだった。ナディアはそれだけを根拠に筆者の住所を推定することを避けた。人は旅行先から手紙を出すこともあるし、誰かに投函を頼むこともある。社内では若い記者が、匿名の手紙を大きく扱えば部数が増えると提案した。編集長は却下した。金がない時ほど、売れる話と確かな話を混同しやすい。ナディアは二つの町の労働記録を、翌週まで調べることにした。
「差出人は、まだ生きていますか」
答えられるはずのない問いだった。扉が閉まると、編集室に残った時計の音がひどく大きく聞こえた。




