橋の向こうの病院
郊外の病院で夜勤を終えた看護師イザベルは、救急外来の椅子で眠る男を見つけた。迎えを待つと説明した男の手首には、古い拘束痕のような傷があった。だが本人は転倒しただけだと述べ、それ以上を話そうとしない。
診察した医師は傷の状態を記録し、支援窓口について伝えた。命にかかわる異常は認められず、本人も通報を望まなかった。イザベルは無理に聞き出さず、温かい飲み物を勧めた。
「女の人が来たら、ここにはいないと言ってください」
男はそう頼んだ。
翌日、憲兵隊から身元照会が来た。男はかつて廃止倉庫で管理業務をしていた人物らしい。病院は正規の手続きに従って必要な範囲を回答した。マチューが訪ねた時には、男は自分の意思で退院していた。
イザベルの仕事は続く。交通事故の負傷者が入り、小児病棟では熱を出した子どもが泣いている。夜間の人員は足りず、仲間の看護師が残業を引き受けた。医療現場には一つの謎だけを追う余裕はなかった。
イザベルの同僚は、男の話を聞いたせいで眠れなかったと打ち明けた。病院には毎晩さまざまな事情を抱えた人が来る。誰もがすべてを話して帰るわけではない。それでも温かい飲み物を差し出すことや、望む支援を知らせることはできる。翌朝、病棟へ戻ると男が使った椅子には別の患者が座っていた。イザベルは同僚と短く目を合わせ、いつもの順番で名前を呼び始めた。
数日後、男から病院に礼状が届いた。差出人の住所は空欄で、封筒には市内の消印があった。便箋には『もう来ません』とだけ書かれていた。
イザベルは礼状を事務室へ渡した。無事なのかどうか、その短い一文では判断できなかった。




