偽りの名札
ヴァルノワの市場に、以前は見かけなかった調査員が現れた。黒い車の目撃情報を集めているという男は、役所の名札を見せ、花屋や肉屋へ質問を繰り返した。花屋の主人は答えたものの、名札の部署名に覚えがなかった。
マチューが本人確認を頼まれたとき、男はすでに町を離れていた。届けられた名刺の連絡先は存在する民間調査会社だったが、名前は在籍者名簿になかった。詐称だけでも調べる理由になる。
「黒い車を探しているのは私たちだけじゃないらしいな」
上司はそう言ったが、推測以上のことは口にしなかった。
昼には雪で山道が閉鎖され、憲兵隊は交通整理へ人手を割いた。市場では荷物の搬入が遅れ、パン屋の店員が凍った坂を押して上がってきた。マチューも肩を貸した。町の仕事は、事件が解けるまで止まってくれない。
夕方、男の訪問を受けた肉屋の妻が、調査員は乳児の名前を一度も言わなかったと話した。尋ねていたのは車の乗員より、誰が映像を保存したかだった。
市場の管理人は、見慣れない調査員を思い出そうと、当日の商店配置図を広げた。魚屋の屋台が道路を塞いでおり、人はいつもと違う通路を歩いていたという。それだけでも目撃の角度が変わる。マチューは一人の証言に合わせて他人の記憶を押し込まないよう注意した。管理人は翌週の祭りの準備で忙しく、資料を渡すとすぐ会議へ戻った。県の通達より、雨で濡れるテントの修理を心配していた。
マチューは映像の複製履歴を調べた。正規の閲覧者は全員確認できたが、一度だけ夜間の施設点検で機器が停止していた。その日は映像を記録した翌日だった。
点検は二年前から決まっていた。故障も記録されている。偶然を偶然と書くことと、疑問を手放すことは違った。




