問われなかった住所
アンリは元役員に、古い倉庫の裏口へ続く道を知っているか尋ねた。男はその場所で何度も荷物を降ろしたが、受取人の名前を見たことはないという。荷物は検査資料とは限らず、建材や寄付品も運んだ。
「何か特別なものを見ませんでしたか」
「特別なことほど、見たと答えたくなる。私は伝票しか見ていない」
アンリは返答をそのまま記した。過去の資料についての記憶は、現在の恐怖で変わることがある。
病院の退院支援員は男の妻と面談し、家での生活を始めるための手順を説明した。男は以前の職場へ戻る気はないと言った。
退院予定表を受け取った男は、家に帰れば最初に何をするか考えた。妻の作った野菜スープを食べたいと答え、医師に笑われた。アンリはその会話には加わらなかった。
アンリは男に、すべての記憶を一度に取り戻そうとしなくてよいと伝えた。男が覚えている道の曲がり角や看板は、地図上でも一部一致した。しかし輸送伝票そのものは会社の倉庫が処分した可能性がある。元役員は自分の仕事を誇りに思っていた頃の話をした。雨の日に止まった車両を直し、子ども向けの医療器具を届けたこともあるという。アンリはその話を聞き、古い路線へ関心を持った理由を理解した。男にとって輸送は秘密の仕事だけではなかった。退院後の生活について質問すると、男は妻と菜園を作りたいと答えた。ようやく先の季節を考えられるようになっていた。
アンリは退院先の連絡先を確認し、今後の面談について男へ説明した。男は手帳を取り出し、自分で日付を書いた。
その晩、アンリは古い交通標識の写真をマチューへ送った。道の閉鎖日は、記録上の最後の輸送日より少し後だった。




