聞き間違えた地名
ナディアは国境近くの町で、古い輸送記録を持つ元運転手に会った。老人は以前話した地名を訂正したいという。車を停めたのは「ベルモン」ではなく「ベルモール」。電話ではほとんど同じ音に聞こえる。
修正により地図の行き先は数十キロ変わった。ナディアは取材帳の旧記録を消さず、訂正理由と一緒に残した。老人は何度も謝ったが、彼女は責めなかった。
帰りの列車が遅れ、駅では旅行客が毛布を借りていた。ナディアは待合室で記事の冒頭を書いた。支援基金の監査に関する説明会が開かれたこと、行政が期限を明示しなかったこと。それだけで紙面の半分が埋まった。
老人は訂正した地名を紙にも書き、ナディアへ渡した。震える字だったが、最後の文字ははっきりしていた。彼女はその紙を折らずに封筒へ入れた。
ベルモールには同じ名の小さな菓子店があり、老人が昔そこで買った物を覚えていた。ナディアは店の存在を電話で確認したが、それだけで輸送路を特定したとは考えなかった。地名の訂正によって取材先が変わったことを編集長へ報告すると、以前作った地図は一度掲載を見送るよう指示された。紙面は別の記事で埋めることになった。ナディアは地元の橋の通行止めについて原稿を書いた。遠回りをする救急車の問題があり、住民の不満は現実のものだった。曖昧な過去の記録を追う間にも、今日の町には報じるべきことがある。
編集長から電話があり、老人の名前を出せるかと聞かれた。本人が許可していない、と答えると、電話の向こうで短い溜息が聞こえた。老人には、残りの人生を静かに過ごす権利があった。




