灰色の上着の持ち主
県境で保護された女性は、傷害事件の現場近くにいたと誤って通報された。灰色の上着を着ていたことが理由だった。マチューは現地の担当官から連絡を受け、同時刻の別の記録を調べた。
女性は幼い娘の迎えへ向かう途中で、保育施設の職員が時間を覚えていた。警察は経路を確認し、関係がないと判断した。
女性は怒った。「服の色だけで、私が何をしたというんです」
マチューは謝罪し、情報を訂正した。うわさが広まれば、本人だけでなく家族にも影響が出る。
午後、彼はアンリと電話で話した。クレールの目撃談は増えているが、ほとんどは確かな裏付けがない。だからこそ、何も確かめないまま信じることはできなかった。
誤って疑われた女性の職場では、警察が来たという噂が広まり始めていた。上司は本人に事情を尋ねたが、女性は調査と無関係だと確認された書面を見せた。マチューは必要な範囲で職場へ説明し、噂の拡散を控えるよう依頼した。別の若い母親が、同じ色の上着を着るのが怖くなったと話しているという。事件の情報が不足すると、服の色や歩き方のような目立つ特徴だけが一人歩きする。マチューは広報担当と相談し、未確認の特徴を公表しない方針を確認した。その夜、彼はローズからもらった花の写真を机に置いた。どこにでもある生活を守ることと、凶悪な事件の犯人を追うことは、対立する仕事ではなかった。 雨の中、誰もが似たような色の外套を着て歩いていた。その一人を選ぶ理由はまだなかった。
署へ戻ると、ローズから庭の花の写真が届いていた。ルカの墓に植えた苗が、ようやく小さな花をつけたという。




