被害者の拒絶
傷害事件の被害者は、警察の追加の聞き取りを拒んだ。家族に負担を掛けたくないという。アンリはその意思を尊重し、必要な手続きと相談できる窓口だけを伝えた。
被害者の妻は、夫が夜中に灯りをつけて眠るようになったと話した。子どもは父親の部屋を避け、家族の食卓には静かな時間が増えた。
「犯人を捕まえたいんです。でも夫をまた追い詰めたくない」
アンリは答えに困った。捜査に協力してもらうことと、被害を受けた人に傷を思い出させることは、同じではない。
午後、署では別の暴行事件の捜査会議が開かれた。若い巡査は証人に無理をさせずに調査する方法を相談し、上司から助言を受けていた。
専門家からは、記憶が鮮明になったからといって必ずしも正確になったとは限らないという回答があった。アンリは本人に新しい説明を求めず、以前の面談の記録を照らし合わせることにした。男が覚えていたのは、質問の最後に「その人はまだ生きていますか」と聞かれたことだった。誰のことかは分からず、その後の時間の記憶も欠けている。警察は実際に言われた言葉なのか、恐怖の中で結びついた記憶なのか慎重に検討した。被害者の妻は、夫が以前のように散歩に行けるようになったと伝えた。ただ、人通りのない道は避けているという。アンリは回復を喜ぶ言葉を返し、それ以上の協力を強要しなかった。署へ戻れば別の事件が待っていた。
夜、アンリは供述の一部を再検討した。被害者の記憶に現れる女性の言葉は、初回の調書より新しい面談の方が詳細だった。記憶が戻ったのか、後から聞いた話が混じったのか。専門家の意見を求めることにした。




