七十、外海の乱
世良は砦中で今日も鉄を作っていた。
砂鉄と木炭を上手く積み重ねる作業は一旦火入れを始めたら
目が離せない。晴天が続きそうな嵐の後を狙って、
作業を始めた。
大国の彼国の北から騎馬が得意な民が攻めてくる噂は、
日毎に増してきている。
でも、誰も逃げられないのだ。
里は、周りのクニと東の海を渡った此の国へ
鉄延を納品して栄えてきた里だ。
物心ついた時から山から砂鉄を取り
最近やっと火入れが板についてきたら、情勢がかなり不安定になってきた。
クニの思惑でこの里はどこかのクニに所属したり、
自治となったり、難しい政は、良くわからない。
ただ、鉄が重宝されて
どの支配者も世良の一族を滅することはなかった。
だから今回も大丈夫だと思っている。
鉄は一人で作るのは不可能で
火入れをしたらもう止めていられない。
大量の木炭を入れ込んで、皆で力を合わせて採って作る。
風を送り続けるのも体力がいるし、
砂鉄は近くで取れるが、最近の問題は木炭の原料となる木だった。
遠くまで行くから、何から何まで人手がいるのだ。
支配者の思惑で人を殺されてはたまらないと思っている。
王や帝になって何が楽しいのだ。
全く理解できない考えだ。
火の色が変わる具合を見ていると
「世良にーちゃん。木が着いたよ。」
近くに住んでいる、咲がのぞく。
「お。間に合ったな。」
お互い
にいー、と笑った。
すぐ横から咲の母親の久名が追いかけるように覗いて、
「商人さんが来てますよ。」
と呼びに来た。
「ああ、ありがとうございます。」
体を釜に向けたまま、顔だけ横に向けて立ち上がると
すぐに商人の駄津が顔を見せた。
「よお!逃げてないんだな!」
いつもの明るい調子で、天気の話でもしてるかのような声だ。
「どうやって逃げるのか聞きたいが?」低い声で聞く。
「だよなー。逃げて良いことはないからな。
火は落とせねえ。」近づいて窯を覗き込む。
「ああ。こんな時でも商いか?」
「そうだな。人間、戦っていても腹は減るからな。
兵糧の手伝いなら儲けになるわな。」
「ここの里は用無しだな。」
呆れて言う。お世辞にも食料が豊富とは言えなかった。
「いやいや。鏃は最近鉄も人気でな。殺傷能力が高いからな。」
戦いから利益を上げているものの言葉だった。
「なるほどな。」
表情を変えずに、言うと、
駄津は、彼らしくない真面目な顔で、
「延棒が欲しいんだが。」
と静かに言った。
雰囲気が変わったのを感じて、反応する。
「もちろんだ。直ぐにか?」
「いや。まだ兵たちはずっと向こうの川向こうにいて、
渡ってない」
「渡る予定は?」
「どうだか?彼国はともかく川向こうの真クニは王位争いもあるからな。
そちらも忙しいそうだ。」
「北の騎馬民族のクニは?」
「まあ、距離が遠すぎる。たとえ100騎で攻めてきても
それを食わせる能力はないな。」
「しかし。」
「まあ言いたいことはわかる。俺もその民の噂は聞いた。
けれど、鉄が作れるなら、殺されたりはしないだろ。
酷使されてもな。」
いつもの明るい雰囲気で、自嘲気味にいった。
「いきなり技術のない人間がやってきても
溶ける具合も固まる時もわからん。この里も慣れた職人がいなければ
宝の持ち腐れだ。」
一日や二日で、うまくできる様にはならないのは、
世良が一番良く知っている。
「そうだがな。」
「んーー逃げたいのか?」目を少し細めている駄津と視線が合うと、
しっかり見返して言った。
「いや俺はいいがな。里が簒奪されるのを見るのはつらいな。」
「確かにな。」
「敵をまず味方につけるか?」
「なんとも言えない。」
「だな。」
駄津の健康そうな歯が笑う。
誰にでも生活があるのだ。鉄を作って、糧が得られればそれで良いが、
できれば味方に売りたい。
「その鉄鏃はは敵に売るのか?」
「誰が敵かはわからん。俺は商人だぞ。
欲しいやつに売る。儲けさせてくれるやつにな。」
駄津は何でも売れれば、それで良いのだ。
「お前思ったより凄いやつだな。」世良は心にそぐわない取引は苦手だ。
「いやいや。人間向いてるもんが違うだけだ。
俺には鉄は作れん。さて、10斤ほどまとめて欲しいが?
手元にあるもので作れるか?」
危機こそ商機というところだろうと、世良は思うことにした。
「ああ、ちょうど木も届いたからな。炭が作れる。」
世良は、咲たちがいる方を見ながら言った。
「もうすぐ出航する船に乗せたい。次の引き潮待ちだ。」
船と聞いて、聞き返した。
「彼国の方ではないのか?」彼国にも岸沿いに船で運べるが、
鉄は重く海路は好まれなかった。
「ああ。此の国だ。海の向こうのな。」
「欲張ると船が沈むぞ。」
「確かにな。大型の帆船が入ってるからな。なんとかなるだろうと思うが。」
「此の国のか?」
「正確には此の国の息のかかった商人の船だ。」
「商人が帆船を動かしてるのか?」
「王様でなくても権力は持てるみたいだな。海の向こうでは。」
大きな帆船を動かすのは、いつの時代も権力者だ。
「此の国か。行ったことあるか?」
「いや。途中の寄港する島まではあるがな。
魚はうまいが、米がとれない印象だったな。
けど、市は活気はあるぞ。色んなクニの商人がいる。
島は戦禍から良い意味で取り残されていて。。。。」
言葉を切って、腕組みをして、
「逃げるならそっちに行くか?」
もう一度、駄津が笑うと、
世良も、つられて笑顔で言った。
「いざとなったらな。」




