六十七、天文の書
高床式の書庫の前で、千明は竹木簡の山に感動をしていた。
「これを全て読めるのか?」
心の叫びが隣にいた凛に聞こえた。
右に立っている千明を見上げる。
「どうしましょうか千明様。」
ものすごい数なのはわかるが、
整理されているとは言い難い。周りの木々に太陽は遮られていて、
晴れた日でも、日光は直接は届かなさそうだ。
巻物と竹木簡が積み上げられているだけと言う気もしていた。
しばらく、返事を待ってみたが、千明は別の空間にいるように
立ち尽くしていたので、近くの竹木簡を手に取ってみた。
彼国の文字だった。
凛の動きに気がついて覗き込んだ千明は、
「読めるな。」と言う。凛が読めるかどうか聞いているのか、
自分が読めてよかったと言っているのかわからず、
「多分、この形であれば大丈夫です。読めます。」と凛は小さい声で頷くと、
暗さに慣れてきた目で、もう一度書庫を見渡した。
時々、巻物に違う布が付いていて、それがその巻物の内容を表していたり
数が書き込んであるのは続きだろうと推測するのに時間がかかる。
数が比較的並んでいるところに辿り着くと
「これは!」千明がさらに力を込める。
広げて見ると、星宿の絵図だ。
帝と呼ばれる北に動かない星。すぐ下に北斗も見える。
「凛殿!」
お互い感激しているのがわかる。
父の高が残してくれたあの葛篭に入っていた、赤い布に保護されるように巻かれた
星宿図にそっくりだ。
二人は夢中で巻き絵を広げる。
星が一列に並んだ連珠について描かれているようだ。
太陽と太白、歳星一直線に並ぶ周期のようだった。
「凛殿!」
つい手を取り合って喜んでしまい
千明は
「すみません、凛殿。」
とすぐに手を引いた。
「いえ、こちらもつい。」
ふと恥ずかしくなる。照れ隠しに
「あちらから私は広げていきます。」
と指を刺してみる。おそらくそちらが占星に関するものに感じた。
「では私はこちらの星について引き続き。」
と千明が答える。
「じゃあ、私は先に戻るよ。夕餉は日が沈む前だからね。」そう言い残して、
人の良さそうな里長の志賀は、ゆっくりと背を二人に向けた。
「千明様。どれくらい調べていったら良いのでしょうか?」
「そうですね。とにかく整理からでしょうか。」
山のようになった、木簡からは、書庫特有の匂いがしていた。
「明日晴れたら、まずは並べて行くところから。」
「手を止めては駄目ですよ。」冗談混じりに笑って言う。
千明とどうやって書籍を転写したら良いのだろうか。
動かしてはいけないのだろうか。千明は、
「写すのではなく、移したいですね。」と軽々言ってのける。
「無理でしょうね。」普段は受け身で物を話す千明に苦笑いして言った。
千明は悪戯気味に笑って、
「月の根国では無理でしょうが、帝ならばどうでしょうか。」
と凛の目を真っ直ぐに見ていった。
言葉を選んで答える。
「帝にお願いするのですか?」
「まさか凛殿を献上するわけにはいきませんけどね。」
それは、二の句が告げない。
ちょっと冗談にしても行きすぎている。
体ごと固まって、口だけがうごいた。千明は身を乗り出して、
「勿論冗談ですが。」と言って凛を見つめる。
凛は千明を目のまつ毛が長い人だったんだと改めて思う。
千明の右手が、凛のほおを撫でた。




