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ぬば玉  作者: しんげつ
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六十一、匂い

「鏡様。」

侍女の真葛に呼ばれて、訪い人が来たのを知った。

つい夢中になって、書を読んでいた。

真葛が扉を開けるのに合わせて立ち上がる。

扉の向こうには、該月がいた。

「母上。」ついこないだまで伏せっていたと分かる青白い顔だった。

衝立の向こうの椅子に腰掛けると

「王。お加減は如何ですか?」

と歩み寄った。

「はい。先日、宰相が見舞いに来てくれて以来、起き上がれる様になりました。」

「克勝殿は王の見舞いを?」

「はい。少し話をして、お願いがあって参りました。」

「珍しいですね。」母親に反抗したこともなければ、

 願いを伝えることもあまりなく来た従順な息子だ。

「実は、宰相の克勝より、葉の国書庫の閲覧の願いがあり、

 承認していただきたいのです。」

「葉の書庫、ですか?」思いがけない話である。

「その書庫にはこんな感じの巻物が沢山あると聞いております。」

 そう言うと、差し出した巻物は古いものの特有の匂いがした。

「克勝から、母上かお祖父様のどちらかから許可を貰いたいとの事でした。」

 受け取ると、広げて見る。

「これは、彼国のお話ではありませんか。」

 該月が小さな頃によく聞かせた、寝物語の類だ。

「懐かしいでしょう?文字が読める事は素晴らしいですね。

 母上にいつも感謝しております。」

「王に言われるとは。勿体無いお言葉です。」鏡はつい目頭が熱くなった。

 

「古の書には、天の動きも具に記録されている様です。我が王廷も、

 記録は恐らく統計だってはいないでしょう。制度を整えたいと常々思っていますが

 いつも天府の顔色を伺っている。」

 該月が、少し息が切れた様にため息をついたのを見て、

 鏡は、巻の布を両手で持ったまま続けた。

「私の許可ならばいつでもいたしましょう。ただ、お祖父様は恐らく。。。。」

「さすがに分かっております。」

 将軍としてもうすぐ謹慎は解けるが、心中いかばかりかと思う。

 伯父の綾人は軍人向きでなかったのは確かだが、該月にとって、

 反対勢力であったわけではない。子供同士の遊びには自分も夢中になって、

 遊んでくれたこともあった。


「母上は大丈夫ですか?」綾人は母も父も同じ姉弟だった。

「もう、人が突然亡くなることに慣れてきてしまっているのかも。。。。」

 瓜実顔の白い額に右手を当てて、目を瞑る。

「ただ、虚しくて。もう、涙はでないのです。」

 該月は母の様子見て、今度は大きくため息をついた。


「私は、今回の事で、人の心はうつろいやすく、権力のあるものが、味方をすると

 多勢がそちら側についてしまう怖さをつくづく感じています。」


「王。良くぞ物事の本質を見抜かれる力をお付けになりましたね。」

 鏡が微笑むと、照れた様に、昔と変わらない該月の笑顔があった。

「宰相殿に、許可がおりたとお伝え下さい。必要であれば、親書に私の名をと。」


該月が去ると、部屋に置いていった巻物に匂いが残っているのを感じて、

つい昔の事を思い出した。


高は占いが得意で天文の知識を学んでいて、天文官の佐奈田の弟子だと聞いた。

ある日、該月を連れて散歩をしていると、

昼間なのに月が見えた。

「カカ様、お月さま。」

と可愛らしく該月がいって走り出した。

建物を回ったところに高が立っていて、足にぶつかりそうになり該月を受け止めた。

「うわ!」

受け止めて該月を抱き上げてくれたのが高だった。

偉丈夫という言葉がぴったりの青年だった。

髪は黒く、浅葱色の着物着て何故か白い袴のようなものを身につけている。


侍女が駆け寄って、

「これはもうし分ございません。ありがとうございます。高さま。」

と言い、該月を受け取る。

鏡は、やりとりを見ていて、時が止まったかのようだった。

「お怪我はありませんか?該殿?」

ハッとして該月を見るとはにかんでわらっている。


ほっとしてだき受け取ると

「ありがとうございます。」と会釈を交わした。

微笑んだ高は

「お月さまは昼に時々見えますね。」

そういうと石の敷かれたじゃり道を歩きだす。


すれ違いざまふと故郷の匂いがした。

高が来た道は書庫のある蔵だ。


文字を持たない月の根国だが、

海の向こうの彼国の文字を天府が使い始めて以来、

模倣をしたがっている。

故郷のクニは陶国の近く、海の向こうからたくさん人がきて、

色んな言葉がしゃべられていた。

実家は今も書庫がある。静一族は、遠い昔の彼国出身だ。

知識を買われて、やってきたが戦乱の時代で、

祖父も父も戦争の軍人としての才能があったようで、功績を立て続けた。

鏡は幼い頃、よく書庫に出入りをして話を読んでいた。彼国の物語は面白いのだ。

書庫の匂いはいつも鏡の心を落ち着かせる。


心に暖かいものをかんじて、

ああそうだ。これは墨の匂いだ。

巻物を手にして、そう気がついた。




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