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ぬば玉  作者: しんげつ
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五十八、縁

外廊下の木陰から移動した太陽が、三人を照りつけるようになり、

「お部屋へ戻りましょう。」

と千明が声をかける。足を引き摺りながら佐奈田は右手で椅子の背を掴むと

腰を下ろして言った。

「暦を作りたいの。」

「佐奈田様。それは禁忌でございましょう。」遠慮がちに千明が嗜める。


「まあな。」

「やはり、書物が足りませんね。」

「確かにな。せめて葉の国に行ければな。」

「葉の国、ですか?陶の国の隣国の?」


「あそこは彼国へ行ける海に近いからな。色んな物が集まるのだ。

 話し言葉も一つではない。」

静一族の本拠地だった場所だ。遠い昔に彼国から移り住んだ静一族は、

書を一緒に持ち込んだ一族だったから、

彼国の記録も書庫に保管されているはずだ。


「彼国に行かなくても天の記録が見えるのですか?!」

 普段冷静な彼からは想像がつかない大きな声で聞く。

「静一族の許可が取れて、昔の通り、書庫があればな。」

「行かれたことが?」

「いや、わしではなく、高がな。」


高、と言う名前に凛が反応するのを佐奈田は肌で感じていた。

千明も解ってはいたが続ける。


「高殿はそこまで手を伸ばされていたのですか?」

「奴の情熱は並々ならぬものがあっての。

 今の暦は彼国から渡ってきたものを使用しているに過ぎん。

 ここで見上げる天と彼国で見上げる天の形は

 同じだと思うか?」


「いえ。絶対に異なるはずです。私の出自は外海ですが、

 生まれたところでは太陽の動く道が違った様に

 思います。幼い頃、地面に棒を立てて遊んでいたのを思い出します。」


凛は二人の会話を聞きながら肩に力が入っていることに

気がついていた。


「高は朔の日がずれていると常々言っておっての。

 閏月を考えても、やはりずれていると。」

「佐奈田様もそう思われますか?」

「間違いなく。そうで無かったら、日蝕も絶対に当てられるはずだ。

 しかし、算術で予測しても、その日、蝕が起こらなかったことがあるのだ。

 例えば、観測点がずれていたら、日蝕の具合も違って当然じゃな?

 このクニは海へ陽が沈むが、私の故郷は海から登っていた。」


「そうか。見る地点が彼国と違う。」


「葉の国の書庫にはそれを解く鍵があると?」

「古の書物を具に確認することは、大事だからな。

 王廷から見える天の月も太陽の動きもな。月蝕も大事なのだ。」

佐奈田は天文官らしく、頬を高揚させながらに話す。


「佐奈田様。その書庫に行かせてはもらえないのでしょうか?」

いきなり口を挟んだ凛の方を佐奈田と千明が見た。


「ん?凛殿が?」先ほどの気力みなぎる佐奈田の灰色の眉毛の

 眉間に皺がよった。


「実の父が高、と言う人であったことを聞いています。

 足跡を辿れば、どうして父が亡くなったのか、

 母はなぜ亡くなったのか、行方知れずなのかも解らないのが

 どうしてなのか、知りたいのです。」


「高殿の事が知りたいのですね。」

背の高い千明が少し屈んで、顔を確認する様に言う。


「はい。千明様が時々、父の筆跡があるという書物をお借りして

 天の事に興味を持ち、天の事象も父の事も

 片時も頭から離れないのです。」


佐奈田は高の面影のある凛が、声を震わせながら言う姿に、


知ってどうするのだ。


とは言えなかった。




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