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ぬば玉  作者: しんげつ
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五十七、暦

佐奈田は朝日を左手に星宿図を見ていた。

海の向こうで編み出された算術は遥か向こうのクニの

天文観察が加わり、計算に頭を使う。


彼国の知識は敬服するな。


暦も刻も天文も。

空に星があり月がある。月の満ち欠けは海の潮にも関わり、

河口周辺の邑の農作物も影響がでる。

海の民は潮の満ち引きは感覚で熟知している。

帆船を出港させるには大潮のときが良い。

陶氏の首長がそう言っていたな。


海が深く、引き潮に乗るのだ。

自然と海原へ行ける。王廷から海は望めないが、

森の上を飛行する鳥たちを見て、

何故か心が浜辺の故郷へ向かっていた。


「佐奈田様。」


千明に呼ばれて振り返ると

横に凛の姿が見えて

彼らが少し焦っているのが見て取れた。

「何かあったかの。」

最近の王廷は、該月王が不調で毎日ざわついている。

「軒轅の星が月に隠れたのです!」

最近、やっと起き上がれるようになった凛が言った。

「もう終わってしまいましたが、細い三日月が

軒轅十四の星を捕食しました。」千明が付け加えた。

佐奈田は咄嗟に

「終わったのか?」と聞いた。

「はい。けれども明るくなる前に確かに見たのです!」と指を差した凛に

 ゆっくりと聞く。


「方角を教えてくれるか?」

「はい。」凛と千明が足の悪い佐奈田に駆け寄った。

支えられるようにして、杖を持つと外廊下に立つ。

もう夜が明けて月は見当たらなかった。


「すでに見えにくいですが、あのブナの木と、竹の高さを結んだ延長上に

 未だ月はあります。」

「太陽で見えなくなっているだけだな。」

「はい。」

「千明も見たのだな?」

「凛殿とは明け方と亥の上刻に天の観察を続けておりますので。」

佐奈田ももちろん知っている事だが、確認といった言い方だった。


「あの星は王権を指すのです。王廷や天府の権力の移行。。。。。」

占いに心頭しない佐奈田を前に、凛は言い淀んだ。

「まあ良い。星食は重大事象だ。よく観察したな。」

「忘れないうちに書き留めたいです。」

「ああ、位置もだが、色も書き留められればなお良い。動きもな。」

「はい。」

二人は声を合わせて答えた。凛がことのほか気力に満ちていて

佐奈田は、正直驚いていた。


「日食も月食もそろそろ予測できると良いのだがな」と佐奈田がポツリと言った。

「食は予測できるのですか?」と凛が振り返って聞くと、千明が説明する。

「日食は必ず朔の日に起り、月食は必ず望の時に起こるのです。」

 千明の言葉を聞いて佐奈田を見る。

「そうなのですか?」

「間違いない。しかし予測は複雑でな。」

「あの、天府では天文官はもっぱら日食を観ると。」

「あちらは日の神が主神だからな。ここは月神であるからな。」


「天府の天文官との繋がりはありますか?」

凛は天府での篁との会話を思い出していた。

-うちの天文官は優秀だぞ。


「特にはないの。」千明の方を見て佐奈田は答えた。千明も頷いて

「天文を司る氏が居るのは聞いたことがありますが、ここもあちらも

 暦を作るまでには至っていないのでは?」


「そうですか。暦とは難しいものなのですね。」

「こちらの王廷では佐奈田様がおいでですから、ある程度、天の事象も理解できています。天府はもう少し人数もいて、制度として整っているのかも知れませんが

未だ基盤としては弱いのではないでしょうか。」


「暦を頒布できるのは帝だけだからな。」

「それは何故なのですか?」

「時を支配して、天下を治める。統治の証が暦なのだ。」





しし座のレグルス(軒轅十四)

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