五十、商い
「さてさて、綾人様。こちらは特には問題ございませんよ。三毛様が
行方知れずでも。」
気落ちしている綾人に向かって、天竺屋は慇懃な態度でそう言った。
「元々、帝は何もご存知ではないのです。」
「まあ、そうではあるな。」綾人は一番大事な物事にやっと気がついた様だった。
「天竺屋は商売人で御座います。政には関わらない様にしております故。」
帝と繋ぎを取りたいと、三毛の女の献上を持ちかけてきたのは
綾人なのだ。話が拗れそうなら、不要の商売だ。
「天竺屋。お前は三毛の行方の手綱をとっているのではなかろうな。」
ちぐはぐな話だ。三毛を献上したところで、それほど利用価値があるとも思えない。
「綾人様。天竺屋は次の商売に繋がる事であれば、
多少の危険な橋は渡ります。しかし、斎宮となる三毛様は国の大事をこれから担う方。商売には繋がらないのです。」
「しかし、帝の機嫌を取るのは大事では?」
「天府の方には、すでに天竺屋を懇意にしていただいておりますよ。」
自分の行為が余分な事であると、解らないのか。と言いそうになり、
口を噤む。あまり能力が高そうに見えないが、該月王の生母、鏡様の弟なのだ。
無くしても大した事はないが、手札としては悪くはない。
「俺は、無駄な事をしたのか?」
やっと解ったのか。無駄な労力をつかっただけなのだ。一呼吸おいて、答える。
「天竺屋は政の細部までは存じ上げません。ただ、三毛様が見つかった時に、
綾人様が罪人となられません様に。」そうなったら火の粉をかぶるのはこちらだ。
何かに気がついた様に、綾人は天竺屋を見た。
「見つからねば何とする?」
「何も無かった事になりまする。」
しばらくの沈黙の後、「そうか。」と言って、蝉が姦しく鳴く外へと出ていった。
見送りに腰を上げなかった天竺屋は、明るい光の中で、
威厳なく歩いていく背中を見届けると、
まさか、消そうとまでは。と思案した。
そして座っている小上がりに背後から人の気配がすると、
外に目を向けたまま聞いた。
「どうでしたか?」
「三毛と思われる女は、篁王子に連れられて、
天府の門をくぐった様です。」
「何?天府に居るのか?近い事ほどよく見えないとはこのことだな。天府の城に
繋ぎは?」
「炊事場に通いの者が、客人がいる。と。」
「王子は何処であったのだ?」
「どうやら、綾人から逃れる手助けをした様です。」
やんちゃで鳴らしている王子なだけの事はある。
おそらく、通いの女の冨久のところにでもいっている時に
会ったのだろうと検討をつける。
「見張は?」
「王子の館の侍女達は通いはおりません。」
「なるほど。三毛様はともかく、綾人様を見張れるか?」
「承知。」
「天府へは和仁様もお戻りになりますね。正面から、ご挨拶に伺いましょうか。
吉と出るか凶と出るか。わくわくしますね。」
そのまま頭を動かさずに商人らしい強かな笑みを浮かべると、
声をかけた男が後ろから下がって消えた。




