四十八、天の川
扉向こうは高台で、
陽の沈んでいった海を右手に、吹き上がる様な風を感じながら
並んで夜空を仰ぐ。
寛治は部屋の中から伺う様だ。
連日雨が降らず、天は良く月は半月で見えている。
「歳星が房宿辺りに居ますね。
房宿は王廷を、すぐ近くの心宿の赤い星は
天子様と読みます。歳星は軍事の星なので。。。。」
凛は、ハッとして篁を見た。
彼も凛に顔を向ける。
「おいおい。いきなり本題か?」
たしかに、政変の兆だ。しかし、この天府の日嗣の王子向かって、
言うべき事では無いかもしれない。
方角を替えよう。と思った。
「えーと。あ、他の星も見ます。」
もう一度空をみると、
天の川を挟んで織女星と牽牛星が見えた。
「ちょうど見えますね。織女と牽牛が。」
「彼国の御伽話しだな。」
「知っているの?」
「母はそちらの方の出身だと言ったであろう。」
「あの、御生母様って、王妃様?あの棚機の祭礼に絹織物を送ってくださる?」
「正確には、送っているのは俺の叔母だな。」
「ごめんなさい。天府の事、実は良く知らなくて。」
「ん、ああ、たいていの者はそうだろうな。和仁王妃は俺の母の姉だ。
母は俺を産んだ時に亡くなったと聞いている。」
この人も、生みの母を見ずに育ったと言うことだ。と思う。
「そうなの。継承第一位だから、御生母様健在かと思ったから。」
「なるほどな。王妃の実家が強ければ、一位となれると?」
「そうなのかなと。」
「まあ、そう言うこともあるな。凛、他の星については知っているか?」
「ええ、千明様、月の根国の天文官の方が、例えば歳星は12年で戻ってくる。って言っていた。歳星はだいたい12年でで天を一周するから、今は歳星がどこにいるか、前の年はどこにいたか、来年はどこへ進むかで歳が表せる」
「お、天の象の勉強もしてるんだな。三毛を拗ねてるだけかと思ったぞ。」
「拗ねては無いよ。気が重いだけ。私には受け止めるだけの度量がない。」
斎宮なる前の心の持ち様が分からない。相談するには
祖母の雅は違うクニにいる様な人だ。
色の違う星を目で追いかける。
「初めから何でも上手くできるやつなどおらん。」
篁の顔を見ると彼が、髪を後ろに綺麗に束ねているのに気づく。
「何だ?」
「何だか良いこと言うね。軽いノリの人だと思ってた。」
「あのな。一応、次期帝な。考えるとくらくらするのが本当だ。
物心ついた時から、東宮とよばれて、天命と共に生きろと言われて、
正直、腹が立った事もある。」
「ふふふ。反抗心いっぱいなのね。潰れちゃうよりはいいよね。」
「おまえは、潰れそうなのか?」
「考えすぎると潰れそうになるから、考える前に星を観てる。
きっと斎宮として御山に登った時には役に立つはずだから。」
本当なら、今頃は水の里で星を見上げていたはずだ。
月の根国を連れ出されてから、自分の数えが間違っていなければ、
棚機祭は明日のはずだ。
「凛。」
不意に篁が一歩近寄って、斜めに身構えると
篁の右手が頭に乗った。
そのまま三毛の髪を引っ張る。
「何を?」
「いや、どうやって三毛になっているのかと思ってな。」
「ええー。」
「水の里で見たときは正直、三毛殿には見えなかったぞ。」
「それは、黒く染めていたから。本当は三毛だって知られては
いけないって。」
「何だ?それは。三毛は貴重だぞ。」
「多分、自分の出自だと思う。」
「三毛は、神祇家の斎宮の縁者であろう?」
「そう、そうなのだけど。」
「父親が大罪人であるとか?」
「え、違うと思う。」
「母親が?」
「実は良くわかって無いの。二人とも会ったことが無いの。」
「二人とも?理由は?」
「話すの難しいかも。。。」
何処から話して良いのか、自分も途中で迷子になりそうだ。
目線を離して、ため息をついた。
「はー。」
「はあ?俺はたいていの事なら答えを持って来れるぞ。」
「そう、そうだよね。」
篁の黒い瞳を見る。天府の力は周辺のクニに及んでいる。
「調べて欲しいか?」
「ううん。いい。ありがとう。」
以前、水の里で碧が、今の暮らしが足りているから、生みの親へ
特別な感情がない。と言っていたのを思い出す。
「今の斎宮は健在であろう?」
「ええ。ただ、もう長く務められているの。」
「次の政変があれば交替、と言うところか。」
当たり前の事を、当たり前に言われて、グッとくる。
海から吹き上げてくる風が凛の髪を靡かせた。
手で押さえると、篁の右手が凛の背中を少し押して
素早く頬に口付けをした。
篁の動きが速くて、
少し引いた体のまま、動けないでいると、
凛は黒い瞳に、束の間魅入られた。衣の香の香りが、何故が切ない気持ちになる。
「高潔な三毛殿に手を出せんのは、一興だな。」
いたずら気味に笑って、離れて、欄干に進む。
どきどきしながらどうして良いのか篁の背中を見ていると、
「月は半月だ。水の里では棚機の祭であろう。」
「はい。」確か、真角が舞を舞う予定だと、
かか様が言っていた。
「棚機の祭は王妃の祭だからな」
「和仁様がご臨席なさるはず。」
「昨日、立ったはずだ。しかし帝は居るぞ?」
いつもの笑顔で振り向いた。
帝に鉢合わせることなどあるのだろうか。
この城は広大なのだ。
「三毛殿が居るとわかると、大事になるからな。
明後日には迎えが来るぞ。」
「迎え?王廷の者は皆、水の里の棚機祭に行っているのでは?」
「超を水の里に飛ばした。祭が終わったら、月の根国の者を
乗せて来いとな。」
超は巨大な鳥で、馬より早く移動して、人間も乗せて飛べる。
確か、乗りこなすには熟練の技が必要なはずだ。
「超?月の根国の者は誰も乗りこなせないのでは?」
相生様は馬は得意だが、超には乗ったことは無いはずだ。
「乗れる様に手配した。」
何から何まで、篁の手の中で踊らされている様だ。
「しばらく、ここでの生活を楽しめ。天府の暮らしも斎宮にとっては
良い経験であろう。」
確かにそうだ。何にせよ自分には知識も足りないし、経験してきたことが少ない。
帝を避けて暮らすことはできるとも思えないが、
後、数日なら何とかなるのだろうか。
天を見上げている篁の後ろ姿をみながら、
海に落ちる様にかかる天の川は、
下から吹いてくる風に夏の湿気を伴って、凛の心を揺さぶっていた。
「
歳星(木星)、房宿(さそり座)、心宿の赤い星




