四十五、天府の城
「心配はするな。とって食おうという訳ではない。」
凛に向かって篁が言った。
「ここは天府の領内ですので、月の根国へ戻ってもいただくにしても
それなりの手筈が必要なのです。市場からは外れてますがね。」
寛治は、篁を見ながらため息混じりに言った。
「超で、ぶっ飛ばして帰る手もあるがな」
「超は最近、あまり飛んでいないのでは?」
「良く知ってるな。数は少ないがまだ飛んでるぞ。」
超は、人より大きくて、人を二人は乗せて飛べる大きな鳥だった。
天府が育てていて、最近は繁殖が上手く行かず、
帝も乗りたがらないとかで、
成りを潜めていた。超が飛んでいると、天府に見張られている気にさせる
鳥だった。
「いきなり超が飛んで行ったらビビるよな?」
「ええ。確かに。」
月の根国の王、垓月は常に天府の動向を心配している。
「天府から堂々と帰国しろ。おそらく、追っても手が出せん。
コソコソするから狙われるのだからな」
その物言いに納得してしまい、どこか心が少し落ち着いた。
天府は広いのだろうか。帝に出会ったりはしないのだろうか。
「明日は晴れか?」
「おそらく、三日月が良く見えておりましたから。」
篁と寛治の会話を聞いて、天府も天文を知る佐奈田様のような方が
いらっしゃるのだろうか。と思った。
「寝られるか?」篁が離れた距離から聞く。
首を振り「無理そう。」
「まあ、もうすぐ夜が明ける。」
「丑寅の刻あたりですかね。まだ時はありますよ。」
小屋の角で、それぞれ三方に分かれて座ってから、
軽く眠ったと思う。綾人たちに比べたら初めて会ったのに
あまり危険は感じられなかったのだ。
周りが明るい気がして目が覚めると二人の男の声で話し声も耳にした。
少し動くと、横向いていた篁が、
「よう。おはよう。三毛殿。」
と言った。
何だか馬鹿にされている気になりながら
「おはようございます。」
二人向かって頭を軽く下げた。
「で、出られるか?」
「え?あ、はい。」
天府へ連れて行かれるのだ。綾人たちに見つからないだろうか。
「まあ、心配するな凛。お前は俺の馬に一緒に乗れ。」
小屋の外に、馬が二頭繋いであった。
一頭は綾人から奪った馬で、背が低いのを見て凛が咄嗟に乗って
駆けさせてしまった子だ。
「ありがとうね。」頭撫でで、食べられそうな草を与えた。
横に同じ様な草が生えていたから、
寛治は「多分腹一杯ですよ。」と言って笑った。
篁の馬はとてもしっかりしていて、毛並みが良い白馬だ。
首を撫でて、宜しくね。
と言うと
「シロだ。」と様子見ていた篁が言う。
「え。」相生様のクロと真逆だ。
何だかホッとした気分で、微笑んだ。
「足は届くか?」
「ええ。」足を掛けて乗った。
「馬は慣れているな。」
「神祇家は、牧場をしていて。おじは馬と話せるって良く言ってるの。」
「それなら良い。そんなに距離は無いがな。
途中、坂があるからな。」
そういうと、凛の後ろに乗る。
手綱を少し引くとゆっくりシロが歩始める。
逃げて来た道は思ったより平坦で、森の木々が開けると、
大分向こうではあるけれど、街が見える。
結局、凛は篁の馬に一緒に乗って、天府の領の門をまた潜った。
シロは、目立ち過ぎないかと思う。
綾人に連れられてきた時は、下を向いているように言われて気が付かなかったが、
天府の領はものすごい広さであった。
人が多すぎてか領を囲う塀は門の周辺にしかない。街は山の裾野まで広がっていた。
凛が昨日逃げるために馬で走った道はまっすぐな道路で広い。
市が両脇に広がって、
奥の方は住居に見える。
道路の突き当たりが崖で、道が山に沿ってくねってつくられていて、
馬もこれなら上がっていける。
騎乗の者は多くはなく、
人の波も避けているのがわかった。
綾人たちにまた襲われるのではと心配したが
ここまでは何も起こらなかった。
寛治は従者としていつでも刀を抜けるようにしていて、
弓も短いのを背負っていた。
篁は、山道の入り口で、「山道を馬でかけたことはあるか?」
と聞いた。
「ううん。川の近くで育ったから移動は船が多くて。」
「まあ。船に乗れるなら揺れはな。
手綱をもう一重回して手に絡めれるか?」
言われた通り、手首をひねって固定した。
「よし、行くぞ!」
篁の白い馬は道に慣れているらしい。
山の道にしては道が均されていて、
時々右や左に曲がる道もスイスイ進んでいく。
手綱をしっかり持っていても後ろで篁が体を抑える形でないと飛ばされそうだった。
ふっと視界が開ける。
そこには木に塀が張り巡らされた山城があった。
入り口から奥までどれくらいか見通せない。
山に沿って建物が投げ込まれているようにも見える。
雲の上もまだ続いているのだ。
門番が篁を見つけて環濠に木の柱を横たえて、門を開けた。
ドンんんーーー
砂埃が立ち上がる。
「これは。」月の根国の王廷より広い。
太陽に照らされたその建物たちは神々しく光る。
「天府。よね。」
ただ圧倒された。
柱の橋を渡り、右奥に進む。建物は木製ばかりではなく、
石もあれば、泥壁もあるようだった。
馬を階段の手前で止める。
篁が降りて、凛に手を貸す。
階段を数歩登ると石畳向こうに石の館が連なっていた。
石慣れている凛はその石が規則的な形で積み上げられていることに目を見張った。
同じ種類の石だ。白に胡麻をまぶしたような模様が見える。
篁は駆け寄った侍従に「この者の支度を。」
と言い残し「またな。」
といって、去ってしまった。振り返ると寛治は
「夕餉にはお声かけします。」
そう言うと、馬から降りて、
篁に走ってついて行った。




