三、行者
里の門に続く道の前で、別の道から帰ってきた母様が見えて
「ばば様は?」と凛は駆け寄って聞いた。
「熱は下がったから、膝の痛みをとれれば良いわね。
天気が悪くなる前は辛いみたい。」
と西の空を見上げる。確かに、普段見通しの良い御山は、
霧が立ち込め始めて山の中腹までしか
見通せなくなっている。
「嵐が来るかしら?
さっき猪に鉢合わせしてしまって、多分天気が悪くなる前に
腹ごしらえしにきたのかな。」
「え?」
母の左衣の目が見開かれる。
「ん、大丈夫だったよ。後ろに後ずさっていたら行者が引っ張り上げてくれて。」 崖に吊されたとは言えない。
「まあ。よかった。やっぱり洗濯は一人じゃだめね。行者?」
「うん。多分この水の里の人じゃなさそうよ服が違って。御山の天狗の里でもなんだか違う。」
怪訝な顔を左衣はしたが、
「とにかく無事でよかったわ。明日は洗濯は無理よね。」
と言った。
二人で夕食の支度をしていると、父様の温が明るい時間に帰ってきた。
「さっき左衣に行者に会ったと聞いたが?」
「あの人?何か?」
行者は滝の近くでは珍しくはない。
御山は聖なる山だが、麓までは行っても良いのだ。
登るのは中腹の御室のある場所までで、
それ以上は、
きのこなんかも沢山あるのに、とってはだめらしい。
「姿を思い出せるか?」
「えー、朱色の袴で白っっぽい重ね着。懐に何か入れてた。
後、首から下げていた飾りの石が見たこともない色だった。」
「見たこともない石?」
「そう龍泉岳の方でとってるのとは違うと思う。
黒いけど青いような灰色のような?
ああ、昔祭祀で見た玉に似てた。ほら透明な水晶と碧玉に緑がついてる。それより、
もう一色多い腕輪は見たことがあるのよ。玉作りの場所で。」
温は明らかに驚いた顔をした。
普段は見せない表情でこちらが驚く。
目をせつな瞑ると、天井を見上げて、うでぐみ逡巡して
「そうか。いかんな。」
そういうと
「王廷へいく。」
と言い残して、水の里を立っていった。




